第13話で明らかになったアニメ『烏は主を選ばない』の后選びのゆくえは、皇太子・若宮の后候補」として登場していた、ヒロイン・あせびの意外な一面が明らかになり、ネットでも騒然となっています。しかし実際には、もっと深い闇が阿部智里さんの原作「八咫烏シリーズ」外伝の「はるのとこやみ」(『烏百花 白百合の章』所収)において描かれています。
あせびの母親・浮雲の知られざる過去とは? あせび出生の秘密とは? 本作をきっかけに「八咫烏外伝」にもぜひご注目いただきたく、「はるのとこやみ」期間限定(~2025年2月27日まで)で特別に無料初公開します。併せて謎の多い浜木綿については、同じく外伝「すみのさくら」をお読みいただければ幸いです。
八咫烏シリーズ 外伝
「はるのとこやみ」
阿部智里
「お前の音は、どうにも濁っている」
別室から聞こえていた笛や太鼓の音が、一気に遠くなる。
師匠が眉根を寄せて漏らした声に、伶は心胆が冷たくなるのを感じた。
春先の光は未だ固い。
よく磨きこまれた板の間には庭先の小石に反射した明かりがうっすらと差し込み、師匠の顔に刻まれた深い皺をぼんやりと浮き上がらせていた。
「申し訳ございません。自分にはまだまだ修業が足りず……」
「お前が誰よりも励んでいることは、よくよく承知しておる。これは力量の不足といった問題ではあるまい」
慰めるようなその言い方は、平素の師匠からすれば信じられないほど優しいもので、それゆえ余計に残酷であった。
「では……?」
竜笛を持つ手に汗が滲み、喉がからからに渇いていく。声に必死さが滲む伶に、師匠は憐れむような眼差しを寄越した。
「竜笛は、天と地を繫ぐものだ。山神と交信し、山内の陰陽を整える御神楽の先駆けぞ。結果としてそれを耳にする者の心を高揚させることがあったとしても、その逆はあってはならんのだ。喜怒哀楽を音に込めるは、雅楽にあらず」
2025.01.16(木)