嚙み付くように言って、伶は濡縁(ぬれえん)に緋毛氈を乱暴に落とした。

 八つ当たりされたにもかかわらず、倫は困ったように眉を八の字にするばかりである。

 伶と倫の兄弟は、山内は東領(とうりょう)永日郷(ながひごう)の宿場町に生まれた。

 貴族達からは山烏(やまがらす)と蔑まれる生まれでありながら、こうして大貴族東家(とうけ)のお膝元で楽人見習いとして日々励んでいられるのは、東家の施策によるものだ。

 この山内の地を四分割する四大貴族のうち東家は、楽家として中央に名を馳せた家である。関連して、東家当主は朝廷において儀礼、式典の諸々を一手に司り、それに必要な人員を東家系列の貴族で固めている。東家は本家、分家問わず、それぞれに得意とする楽器を持っており、儀式の要である神楽の奏者や舞手は、東家に連なる高級貴族達が花形を務めているのだ。

 同時に、東家は東領全体に音楽を推奨し、身分を問わず才ある者は宮中に召し上げることも約束していた。主要な式典で演奏が出来るのは貴族だけであるから、実力さえあれば山烏出身であっても、当代限りでそれにふさわしい身分を与えられる場合もあった。

 結果として、東領では楽を身の助けとする者が非常に多く、山内中から腕に覚えのある者が集まるようになっていた。

 伶と倫の母親も、もとは東家お抱えの舞姫となることを夢見て東領にやって来た流れ者である。自身が取り立てられることは叶わず、楽人であった夫とも早々に死に別れたが、少しでもよい師匠につけるようにと東本家(ひがしほんけ)直轄地に居を移すほどに双子の楽才を見込んでいた。その努力は実を結び、双子は名のある竜笛奏者の推薦を受け、十三にして東本家の擁する楽人の養成所、外教坊(がいきょうぼう)に入ることを許されたのだった。

 涙を流して喜んだ母は、現在、城下町で三味線奏者として働きながら、双子が宮仕えに成功し、自分を中央に呼び寄せる日を待ち望んでいた。

2025.01.16(木)