“受けの芝居”に集中した初主演映画

――そんななか、今回演じるうえで大変だったことは?

 ドラマのときは「なぜ、一ノ関が(新作を)書けないのか?」ということは深掘りされてなかったのですが、今回彼が主人公になる以上、それをしっかり描かないと成立しないと思っていたので、監督や脚本家さんとかなり話し合いました。

 見どころとして、一ノ関がさまざまな場所で出会う本屋さんや人物たちのお芝居があると思いますが、いちばんの肝となるものに関しても、しっかり責任を持ちたいと。モノ作りがモノを作れない話って、これまでもいろんな人が挑んできたテーマだと思うんです。僕自身もモノ作りに行き詰まりを感じて、演劇から映像の道に進んだ人間なので、いい意味での複雑さとか、深さや曖昧さも取り込みたかったです。

――いわゆる初座長となる本作では、どのような新しい矢柴さんが見られると思いますか?

 脇役でやっているときは、どこか1ヶ所は作品を見るお客さんにとってフックとなる部分を作ろうと思ってやっているんです。でも、今回は自分のフックは置いておいて、僕が旅先で出会うキャラクターたちからいろいろなものを受けることで、お客さんもその人たちと出会ってほしいと思いながら、演じていました。俗にいう“受けの芝居”に集中させてもらっているわけですが、それが主演としての芝居なんでしょうね(笑)。僕の芝居が作品の評価にダイレクトに繋がったりもするのでしょうから、それはそれで怖いところもあります。

――今後の希望・展望を教えてください。

 いろいろな方を相手に受けのお芝居をしていくことで、自分の心も豊かになるので、これからもやっていきたいし、やらなきゃいけないと思います。セリフの量には関係なく、「そこにいるだけでいい」存在になりたいです。そうでなければ役者を続けていくことも出来ないだろうし、続ける意味もないだろうと思います。そのためにも、まだまだ若い役者さんに混ざってワークショップを受けるつもりですし、去年の支援学校での読み聞かせイベントや、以前開催した一人芝居のような自分から発信する企画もどんどんやっていきたいです。

憧れは巨大な空間を支配する先輩

――ちなみに、憧れの先輩は?

 笹野さんや小日向文世さんなど、やはり「オンシアター自由劇場」出身の俳優さんには憧れます。演劇から映像の世界に来ても、とことん存在感があるし、一緒に共演させていただくと、「どうしたら、あんなふうに巨大なスタジオの空間を支配できるんだろう?」と思わせてくれるんです。だから、ずっと憧れ続けています。

矢柴俊博(やしば・としひろ)

1971年10月2日生まれ、埼玉県出身。早稲田大学在学中より劇団を主宰。俳優・演出家として小劇場界で活躍した後、映像の世界へ。近年の出演作にはNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、Disney+「ガンニバル」(22)、『ハケンアニメ!』(22/吉野耕平監督)、『ある男』(22/石川慶監督)、『おまえの罪を自白しろ』(23/水田伸生監督)、『Cloud』(24/黒沢清監督)などがある。

映画『本を綴る』

小説が書けなくなり、全国の本屋を巡りながら、書評や本屋についてのコラムを書く仕事をする作家・一ノ関(矢柴俊博)。彼には「悲哀の廃村」というベストセラー小説があるが、その作品こそが書けなくなった原因でもあった。ある日、那須の図書館司書・沙夜(宮本真希)と森の中の本屋を訪れた哲弘は、古書に挟まれたまま届けられずにいた恋文を発見し、宛先の人物に渡すため京都へと向かう。
10月5日より、全国順次公開中
https://honwotsuzuru.com/

Column

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2024.10.11(金)
文=くれい 響
撮影=深野未季