CREAがはじめてひとり温泉を特集して7年。当時は「女性がひとりで温泉なんて!」と驚きを持って受け止められたこのテーマも、いつしか珍しくない光景となりました。
好評発売中の「CREA」2024年秋号では、コロナ禍を経て、進化する“温泉地”を舞台に、めぐる旅を大特集しています。
CREA 2024年秋号
『楽しいひとり温泉。』
定価980円
どこにでもありそうで、どこにもないから心地よい
皇室ゆかりの地であり、古くから高原リゾート地として親しまれている那須温泉郷。まず、新幹線が停車する「那須塩原駅」に着いたら、在来線で一駅の「黒磯駅」に足を進めたい。
「裏那須」とも呼ばれるこの黒磯エリアは、カフェブームの先駆けともなった名店「1988 CAFE SHOZO」が約35年前にオープンしたことで、活気を取り戻したというストーリーを持ち、信頼できる個人店がずらっと並んでいるのだ。
「黒磯駅から板室温泉までを繋ぐ板室街道を、アートで盛り上げるプロジェクト『ART369』が始まってから、ここ数年でさらに賑やかになりました」と教えてくれたのは、アンティークショップ「ROOMS」の遠藤さん。
遠藤さんの言葉通り、街を散策していると、つくる人、売る人、そして買う人、みなが手を取ってこの街を盛り上げていこうとしているのが感じられるはず。ゆるやかな連帯が、心地よい賑やかさを生み出しているのだろう。駅前の広場では、食、音楽、アートをキーワードにしたコミュニティイベントが開催されることもあるそうだ。
古くから愛される和菓子店、駅前のベーカリーショップ、昨年オープンしたアイスクリーム店……。どこを訪れても、店内は地元への誇りで溢れていて、買う、食べる、使う、といった日常的な行為が自然ときらめいていく。
喜びは非日常的な瞬間ではなく、暮らしの延長線上にあるのだと、改めて気付かせてくれるだろう。
「自分がおいしいと思うものだけを、安心して提供できる」と語るのは、東京からUターンし、叔父が遺した惣菜店「黒磯ブロイラー」を復活させた津久井勝一さん。
「東京に近いけれど、自然体でいられるのが那須塩原の良さ。目新しい味を、と無理をせずに、叔父の味を実直に引き継いでいます」
地域の人に50年以上愛され続けている唐揚げを一口かじれば、ひとり旅で緊張している心が温かい感覚で満たされていき、周りの風景にもぐっと親しみを覚えてくる。
ここで惣菜を、行列が絶えない「KANEL BREAD」でパンとナチュラルワインを、そしてハブ的存在の「Chus」で地元のチーズを買い込んで宿で好きなだけのんびりするのが理想のコース。
よりローカルな雰囲気を感じたいのなら、「道の駅 明治の森・黒磯」へ出向いてみよう。生産者たちが自ら持参する新鮮な野菜は大人気で、オープン直後から活気に満ちている。
街の表情に触れたら、時間が許す限り温泉でリラックス。約1400年前に開湯されたと言われる栃木県最古の「鹿の湯」で日帰り温泉を楽しむも良し、御用邸近くにある「那須高原の宿 山水閣」で心地よさに浸るのも良し。
買い物して、食事して、お腹いっぱいになったら寝転がる。普段と変わらぬ過ごし方をおおらかに受け入れてくれるから、きっとまた来たくなる。
2024.09.21(土)
文=高田真莉絵
写真=中村カ也