CREAがはじめてひとり温泉を特集して7年。当時は「女性がひとりで温泉なんて!」と驚きを持って受け止められたこのテーマも、いつしか珍しくない光景となりました。
好評発売中の「CREA」2024年秋号では、コロナ禍を経て、進化する“温泉地”を舞台に、めぐる旅を大特集しています。
CREA 2024年秋号
『楽しいひとり温泉。』
定価980円

活火山を有し、清らかな湧水の湧き出す水源が1,000か所以上も点在することから「火と水の国」とも呼ばれる熊本・阿蘇。豊かな温泉が湧き出るのに重要な要素が、実は見事に揃っているこの地へ、足を運んでみませんか?
セルフケアする水を求めて

ふだんからスキンケアに心を配るあなたなら、まずは蛇口をひねって顔を洗ってみてほしい。すると感覚的にわかるだろう。「この水はきっと肌にいい」と。
スペイン語で“釜”を意味する火山の中心のくぼみ、カルデラ。阿蘇は約30万年前より噴火のたびカルデラがつくられ、岩の破片や粒子が大地に厚く積もった。それが水をよく通し、多くの雨が地下へと送り込まれる。そして途方もなき年月を経てミネラルを豊かに含み、マグマに近づくことで温められ、ガスや鉱物成分と混ざりあい、最後は「温泉」として、祝福されるように地表へと湧き出る。
こうしたストーリーを知るにつけ、思わざるを得なくなる。「阿蘇の温泉はきっと、ものすごい」

なのに九州の温泉地と言えば、湯布院や別府は思い浮かべど、阿蘇の名は意外と挙がらない。理由の一つは「広い」から。
阿蘇山は東西約17キロメートル、南北約25キロメートル、外輪山の周囲は約128キロメートル。周遊はもちろん、縦断だけでも1時間以上はかかる。むろん車がないと難しい。それでも行くのだ、温泉のためなら。そして広さを感じるために。

されど発見は、その広さよりも奥行きだった。眩むほどの草原が悠々しく、とめどなく萌え立つ峰の奥まで見通せるばかりに、何キロメートルも先の何かにどうしたって目が奪われる。
草をはむ馬や牛の小さな姿、ぽつねんと立つ孤高の木。いつもは数十センチメートル先の平滑なディスプレイばかり見ている目がにわかに驚き、突然の自由を謳歌している。

そして水源を訪れる。湧き出る水の揺れでそこに水があった、と気付かされるほどの奇跡的な透明度。奥を覗き込んでみたならば、むした苔が山並みのようになっていて、それはさしずめ水中にめぐらされた阿蘇のジオラマのよう。

この水は、体も心もケアしてくれる。その予感が確信に変わったのは阿蘇山の向こう、産山という地域に佇む「奥阿蘇の宿やまなみ」に到着してから。
温泉は心身めろめろになるとろとろ感、だけどキレよくさっぱり心地よい。さらに目の前で湯気を立て炊かれるお米は甘くうるおしく、地元で醸されるお酒はふくよかでこうばしい。
まさにセルフケアする風景、温泉、食。すべては水でつながっていた。

2024.09.06(金)
文=山村光春(BOOKLUCK)
写真=穴見春樹
CREA 2024年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。