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働き始めて1年でレストランが倒産

──そんなにお仕事をされていたのは、生活費の不安からですか?

 私は、もしものときに「失敗しても大丈夫」と自分に言える状況をつくらないと怖くて飛び込めないタイプなので、フィンランドで寿司シェフの仕事がなくなったとしても困らないよう、日本にいる間に、とにかく必死で働いてお金を貯めてから行きました。だからお金に関しては、それほど心配はしていませんでした。

 がむしゃらに仕事をしていたのは、「頑張らないと、ここで必要としてもらえない」という不安からです。もともと日本で働いていた時から、自己犠牲的な働き方をするほうではあったのですが、「フィンランド語もまだ満足に話せない自分にできることは働くことだけだ」と思い込んでしまったんですよね。自分が貢献することで、そこに自分の居場所を作りたいと、必要以上に頑張ってしまいました。

 あとは、フィンランドの制度上の理由も大きかったと思います。フィンランドでは、勤続1年以上の社員は、有給で1カ月間のサマーホリデーがもらえるんですけど、勤続1年未満の社員はこのホリデーがもらえません。だから、日本の会社よりも休・祝日の日数が少なかったと思います。そんな自己犠牲の精神と法律上の問題から、毎日朝から夜まで働きづめで、「暮らし」にかける余力がまったくありませんでした。

──そんなに一生懸命働いたのに、働き始めて1年でレストランが倒産します。寿司シェフとしてほかのレストランへの転職ではなく、個人事業主という道を選んだのは、寿司シェフの仕事がそれだけキツかったからですか?

 きっかけになったのは、「どんなことでも、好きでいられる範囲が人それぞれにあって、それを超えた働き方を許容できるほど、僕は寿司シェフの仕事が好きなわけではない」という同僚の言葉だったと思います。

 それまでは、「自分が好きでやっているんだから、大変でも我慢しなきゃ」という固定概念があったのですが、同僚の言葉を聞いて、人生の柔軟性を高めるために、自分で働き方を決めていいんだと、はじめて思えたんです。

 そこであらためて自分は人生で何を大事にしたいだろうかと考えた時に、「寿司シェフの仕事も好きだけど、もっと目の前の人や自分の感情を大切にした生き方がしたい」という思いが湧き上がりました。それで、漫画家の仕事を頑張ってみようと、個人事業主の道を選びました。

──フィンランドでは自分の人生の時間を大事に考える方が多いのですね。「減らす働き方」、「エンプティネスを楽しむ」でも、必要に応じて雇用されるゼロ時間契約「ゼロコントラクト」や、何もしない空っぽの時間「エンプティネス」を楽しむフィンランド人の暮らしを紹介されています。

 そうですね。人生の柔軟性を高めるために自分で働き方を決めるということや、仕事を続ける・辞める以外に「減らす」という考え方があるということなどは、フィンランドで暮らしてはじめて知った生き方でした。暮らしていくために収入はもちろん大事ですが、フィンランド人は「今の自分にとって必要なのは何なのか」ということを考えながら生きている人が多いように感じます。

 私が失業した時、就職支援スタッフさんからも「自分がいちばんしたいことをした時、人の生産性は最大化する」と教えていただきました。私が出会うフィンランドの人々がみな楽しそうなのは、「自分で選んだ」という人生の選択をしているからかもしれません。

2024.09.18(水)
文=相澤洋美