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 フィギュアスケートのアイスダンス選手だった小松原美里さん。出場を果たした2022年の北京オリンピックの前年に卵子凍結をすることを決め、2023年7月に実施。なぜ、卵子凍結という選択をしたのか、そこに至るまでの想いを伺いました。

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卵子凍結(未受精卵凍結)

未婚・既婚に関係なく、将来の妊娠に備えるために、加齢の影響を受けない質のいい卵子を卵巣から採取し、凍結保存をしておく。一般的に保存には1年ごとの更新手続きが必要になる。


卵子凍結は、自分が今できることだった

――小松原さんがメディアのインタビューで卵子凍結をすると公表されたのが2022年。実際に決断されたのは、いつ頃だったのでしょうか?

 ずっと「アスリートであるうちは、出産のことなんて考えられない」と思いながら過ごしてきたのですが、2022年に北京オリンピックがあり、その出場を目指すなか、年齢的にも20代後半で自分の今後について考えるようになりました。

 「もし、オリンピックに出られなかったら引退する?」「いや、でもまだ技術を高めたい」「次のオリンピックを目指したとしたら、そのときは34歳」「競技を続けるなら出産は無理だよね」……。

 あれこれ考えはするものの、今後の人生についての答えも、自分が本当に子どもを持つことを望んでいるのかどうかの答えも導き出すことができませんでした。

 そんなときに、スノーボードの竹内智香選手が卵子凍結をしたという記事を目にして、人生の選択肢を増やすために自分もやっておこう、と気持ちが固まりました。

――竹内選手の記事を見てから、卵子凍結を決断するまでは早かったですか?

 はい。とっても(笑)。私は2019年に脳震盪を起こしていて、それ以来、明日死ぬかもしれないと思いながら生きています。だから、「今できることをやっておこう」という思考が常に働くのですが、私にとって卵子凍結はまさに、将来について悩んでいる今の私が、未来の私の可能性を残すためにできることでした。そう気付いた瞬間から、卵子凍結をすることを決めました。

――では、卵子凍結にまつわる細かな情報は、やると決めてから収集し始めた、という感じでしょうか?

 その通りです。最初はオンラインでいろいろ調べましたが、どんどん怖くなってしまいました。人は自分を守る本能が働くので、どうしてもメリットよりもリスクのほうに目が行くし、記憶にも残りやすいそうです。

――オンラインで受けた恐怖心は、どのやって払拭されたのですか?

 私はすごくラッキーで、身近な人が卵子凍結の経験者だったり、お仕事で竹内選手と対談する機会をいただけたり、経験した方から直接話を聞けたことが大きかったですね。

 「大丈夫だった」などのポジティブなコメントを聞くことで、不安よりワクワクする気持ちが上回っていきました。

卵巣機能は46歳との結果に愕然

――実際に、卵子を採取する採卵手術をされたのが2023年7月。当時はカナダを拠点にされていて、日本でアイスショーをするために帰国されたタイミングで採卵手術を行なったそうですね。

 採卵前に、卵巣に成長途中の卵子がどれくらいあるかを調べるAMH(抗ミュラーホルモン)検査をするんですけど、「AMHの値は46歳の人と同等」という結果が出て、愕然としました。「31歳なのに、私の卵巣機能は閉経目前なの?」って、ショックを受けました。

 でも、当時は2026年のオリンピックの可能性を排除していなかったので、もし、そこまで卵子凍結を先送りにしていたら、採卵できなかったかもしれない。そう考えると、今決断しておいてよかったという気持ちになりました。

 もし、卵子凍結や子どもを持つことを悩んでいる方がいたら、AMH検査だけでも受けてみることをおすすめします。自分の体の現在地がわかると、その先の答えを決めやすくなると思うから。

2024.09.14(土)
文=今富夕起
写真=佐藤 亘
ヘア&メイク=Miki Yasumoto