この記事の連載

「力を使い切れるように」「誠実に」自らに言い聞かせる撮影期間

――杏は、少女時代から母親に売春を強要され、その苦しさから薬物依存に陥るという壮絶な人生を送ります。演じるのはかなり辛く、難しいものがあったのではないでしょうか?

 難しかったですね。いろんな役がありますが、境遇や生活の感覚をイメージしやすい役と違って、今回は(杏の人生を)考え抜かなきゃいけないし、さらにそれを体に落とし込まなきゃいけない。

 実際の新聞記事は、更生したあとの彼女の姿を取材したものだったそうですが、役作りでは薬物を使っている人の姿や、薬が抜けた状態のことを色々と調べたり、映像を見たりしました。映画の中では薬物を使う姿は少ししか出てこないのですが、メイクさんに協力してもらって薬物が抜けていない状態の皮膚を再現してみたり、仕草や体の動かし方を工夫しましたね。

――杏が参加する薬物更生者の自助の会や、DVなどから逃げてきた女性のシェルターなども、映画ではリアルに描かれています。こうしたことを知って、河合さんの中にも変化がありましたか?

 自分と違う境遇にいる人がたくさんいることは頭ではわかっていても、自分が疑似体験をしたこと、そして映画にしていったことで、理解は変わってきました。

 自助会は、多々羅(佐藤二朗)のモデルとなった警察の方が、薬物で捕まった人を更生させてあげたいという思いから自主的に作った会だったそうなんです。逮捕する側の人がこういう活動をしていたことを全然知りませんでしたし、同時に、セーフティネットがないから自分たちで助け合わないといけない状況なんだということを、肌で感じました。

 また、こうした問題についてどんなふうに発信され、人々がどういうふうに受け止めているのか、ということにも思いを馳せるきっかけになりました。

――そこまで過酷な人生を送った杏に寄り添って演じていると、河合さん自身の気持ちが追い込まれそうな気がするのですが、撮影中、精神状態を保つためになにか心がけていたことはありますか?

 本当に自分が辛くて追い込まれる、みたいな記憶はあんまりないんです。

 確かに、ぐっと力を使うような大変さは、他の作品に比べて絶対にありました。そういう集中力や気力がないとできなかったから、一日の初めに、「今日も最初から最後まで自分の力を使い切れるように」とか、「できる限り誠実にできるように」と、自分に言い聞かせていたという感じでしたね。

2024.06.07(金)
文=石津文子
撮影=平松市聖
スタイリスト=杉本学子(WHITNEY)
ヘアメイク=上川タカエ(mod's hair)