やがて金盥から顔を離した熊楠は、腕組みをして「むう」と唸る。

 ――こいつは何しょるんじゃ。

 蟹は右へ左へちょこまかと動きながら、たびたび鋏を振り上げていた。仲間への合図だろうか。あるいは、威嚇しているのか。実際のところはわからぬが、わからぬなりに熊楠は対話を試みる。

「腹減ったか」

 呼びかけに応じるように、蟹は右手をひょいと上げた。うわは、と笑い声が漏れる。

 ――面白いやっちゃ。

 胸にかゆみをおぼえ、無造作に爪を立てて搔く。肌は潮風でべたついていた。このところ、毎日のように和歌浦や加太の海岸へ出かけているせいで、頭の天辺から臍のあたりまですっかり日に焼けている。

 熊楠の頭のなかでは、いくつもの声が同時に湧いていた。

 ――ぼやぼやしてんと、早うに採集の続きせんならん。

 ――阿呆。まだ蟹と話しとんじゃ。

 ――潮の塩梅で水位が高うなっとる。よう降りん。

「もうええ、もうええ!」

 熊楠は、好き勝手なことを宣う脳内の声々を一喝した。棒手振りの男が仰天して振り返ったが、そんなことは意に介さぬ。こめかみの辺にぎゅっと力を入れ、血を集める。そうすると、声は少しだけ小さくなった。

「やかましわ。ちっと黙っとき」

 ぶつくさと文句を言いながら、熊楠は蟹の観察を再開した。

 一八八二(明治十五)年、初夏のことであった。

 頭のなかで複数の声が喚きだすのは、いつものことだった。別の人格というのではない。声の主はいずれも熊楠自身であり、声々の間に主従の別はない。

 記憶にある限り、最初にはっきりとこの声を経験したのは十余年前、幼児のころだった。それまでも、同じような現象がなかったわけではない。ただ、言語能力が追いついていなかった。そのため熊楠の脳内には、常に青紫や深紅や薄緑の想念がもやもやと漂っていた。

 当時、熊楠は四歳だった。今の南方家が住んでいる寄合町三番地の屋敷に転居する前で、歩いて二分ほどの距離にある橋丁に住まいを構えていた。南方家の家業は両替商兼金物屋だが、隣家は蠟燭やらジョウロやらを売っている荒物屋であった。

2024.05.28(火)