漫画は根性で描き上げるもの
――山崎先生はこれまでたくさんのヒット作を世に送り出してきましたが、転機となった作品はどれですか?
山崎 だいぶ前ですけど、『マイナス』(ナンバーナイン)を描いた時は根性がつきましたね。一番つらかったんです。投げ出したくても投げ出せない。漫画は根性で描き上げるものだと学びました。
そういう意味で言うと、『にゃーの恩返し』もひさびさに根性が必要ですね。今はアシスタントを入れずに一人で描いているので、けっこう時間がかかるんです。ほかの漫画と比べると工程的な面倒くささが3倍くらいあるので。粘り強さが大切です。本当に猫の手も借りたいくらいですね。うちのばるは邪魔しかしないんですけど(笑)。
――面倒くささを乗り越えるためのルーティンはありますか?
山崎 瞑想をしていた時期もありますけど、今は家事ですね。部屋が片付いてないと集中できないから、作業の合間に片づけています。あとは1日3杯までのコーヒー。それ以上飲むと気持ち悪くなってしまうので。
――エッセイ漫画『ダーリンは55歳』(小学館)でパートナーの和泉さんが料理をする場面を描いていましたけど、山崎さんも料理をされるんですか?
山崎 しますよ。特に連載が始まってからは資料のために料理を作るので、夫から「やればできるんじゃない」と認知されて、毎食任されるようになってしまいました。
毎日起きたら家事を片づけて、10時から12時まで漫画を描く。昼食を取ったら、18時まで描く。それから夕飯の準備をして、晩酌でストレス発散をしていますね。朝昼晩ずっと夫と一緒なので、たまに息苦しいです(笑)。
安定して描き続ける漫画家へ
――漫画を長く描き続ける中で、変化した部分はありますか?
山崎 クライマックスのセリフのために漫画を描いていた時期があるんですけど、そういうセリフがなくても漫画を描けるようになりたいと思って、今はそっちに注力しています。
「セリフのために描く」って強烈なメリハリがあって描きやすいんですよ。読切漫画ではよくそういう作り方をしてきたんですけど、一つのセリフのために漫画を描くってすごく贅沢なことで、そのご褒美がないと描けないという状況は漫画家を続ける上でいかなるものかと思い始めたんですよね。
――しかし、読者としてはクライマックスのセリフに感銘を受けることも多いのでは……?
山崎 そうなんですけどね。クライマックスのセリフを思いつく生き方ってしんどいから、若いうちしかできないと思うんです。世の中や何かに対して憤りを抱えて、それが作品として昇華されていくわけですけど、作者の気持ちが揺れ動かないと出てこないものなんですよ。そういう日々は、生きるのがつらいです。
私は揺れ動かずに安定して描き続けたいので、今は違うところを練り上げたいと思っています。
2024.05.25(土)
文=ゆきどっぐ
撮影=深野未季