ある日、「推し」が犯罪者になった――そんな衝撃的なキャッチコピーがSNSで注目を集める映画『成功したオタク』。

 2018年に起きた韓国エンタメ界の大スキャンダル「バーニング・サン事件」によって、熱狂的に推していたK-POPスターが逮捕されるという大事件に直面し苦悩した一人の女性が、かつては「推し」に認知されていたほどの「成功したオタク」だった自分を見つめ、そして同じく突然「犯罪者のファン」となってしまった人々を追いかけたドキュメンタリーです。

 事件に関与したとされるメンバーを含むBIGBANGの活躍と騒動をリアルタイムで見てきたライターの西森路代さんが、『成功したオタク』を読み解き、自分事として考えるためのヒントを教えてくれました。


ターニングポイントとなった「バーニング・サン事件」

 「推し」という言葉が一般的になってもう何年かが経つが、広く知られるようになったからこそ、本来なら「推し」の範疇ではないことも「推し」のこととして語られたり、過剰に資本主義に取り込まれてしまうような歪みも見え始めたりしているように思う。

 歪みが見え始めた結果、「推し」を持つ人にとって、「推し」がなんらかの問題を起こしてしまったり、事件に巻き込まれてしまうことは恐怖のひとつとなってきたのではないだろうか。

 宇佐見りんの小説『推し、燃ゆ』(2020年)は、「推し」がファンを殴ってしまったことから始まる物語で、共感を持って受け止められた。韓国で制作されたドキュメンタリー映画『成功したオタク』も、「推し」がなんらかの罪を犯した後のファンたちに焦点を当てた話である。

 しかも、これはフィクションではない。実際に起こったことに対するファンの気持ちと行動を追っているのだ。

 韓国でフェミニズムを語るときに、2016年の「ソウル江南トイレ殺人事件」や、2018年から2020年までの「n番部屋事件」があったことがターニングポイントだったと言われている。そこに加えて、2018年の「バーニング・サン事件」への怒りも大きかったのではないかと思われる。

 「バーニング・サン事件」の中心人物であるBIGBANGのメンバーのV.I(彼はクラブ・バーニング・サンの経営に関わっていた)が、女性たちを映した違法撮影物を流布したという報道には私もショックを受けた。彼が動画を共有していたグループチャットには、表舞台で活躍していたミュージシャンなどが多数いて、その名前を見ると、ちょうど自分が主にK-POPの仕事をしていた頃に活躍していた人たちばかりでなんとも言えない気持ちになった。

 私自身もBIGBANGの取材をしたこともあったし(人気が凄すぎて記者会見にしか行ったことはないが)、ライブにも何度も通っていたファンであったが、「バーニング・サン事件」が明るみになるずっと前のライブでメンバーのG-DRAGONが、アルバムや仕事のことで連絡を取り合うBIGBANG内のグループチャットにおいて「スンリ(V.I)さんは、僕らのグループチャットには、まったく反応してくれない。ビジネスが忙しいのかな?」といったことを冗談とも嫌みともつかない感じで言っていたことを覚えている。

 バラエティなどでも活躍する、グループで一番年下で三枚目なキャラクターのスンリが、あのカリスマ揃いのグループの中で、そんな不遜な態度をとっているとは、意外なもんだなと思った記憶があるが、後になって事件を知り、V.Iはバーニング・サンの仲間とのチャットでは頻繁にやりとりをしていたのかと思うと腹立たしかった。被害女性のことを考えると、そんなものではすまされないのだが。

 それまで真剣に応援してきたファンであれば、どれほど衝撃を受け、傷ついただろうか……。そんな痛みが描かれているのがこの『成功したオタク』なのである。

2024.03.30(土)
文=西森路代