3月3日(日)まで東京・本多劇場で上演された舞台「天才バカボンのパパなのだ」。別役実の戯曲「天才バカボンのパパなのだ」を玉田企画の玉田真也が演出、署長を男性ブランコの浦井のりひろ、巡査をうるとらブギーズの佐々木崇博、バカボンをジェラードンのかみちぃが演じ、女役としてエルフのはる、男役はメトロンズの面々が日替わりで登場するという豪華なキャストで公演された。
本多劇場での公演は終了したが、配信は3月10日(日)まで販売される。閉塞感漂う今だからこそ、ナンセンスと不条理に満ちたこの作品世界にダイブすることが心地よい。公演の観劇レポを掲載。
漫画「天才バカボン」の連載がマガジンで始まったのは1967年、この戯曲が書き下ろされたのが1978年のことである。およそ50年の時が経ち、別役作品の象徴ともいえる電信柱は地中化推進が進められている現代、1本の電信柱の下で浦井のりひろ演じる署長を中心にスラップスティックコメディが繰り広げられる。
私自身、不条理演劇自体久しぶり。そもそも最近は舞台に足を運ぶ余裕もなく、猫ミーム動画ばかり見ている毎日だ。猫ミームはさまざまな猫の切り抜き素材がスターシステムのように登場し、だいたいの動画が作者のリアルに起こった出来事をテーマに定型キャラクターを付与された猫(たまに油粘土マン)がプレイするというスキーム。虚構っぽいが実はリアル。猫のパロディ化パワーのお陰でついつい楽しく見てしまうが、動画の物語部分だけ抜き出すと結構ガチすぎて辟易するだろうなと思うことも多い。
「天才バカボンのパパなのだ」はその真逆。リアルな人間たちが、なぜかどうでもいいことに対して固執し、すれ違う。その結果、大声を張り上げいさかいをする。さらに不思議とけつを叩くことに腐心する(そして浦井さんは叩かれる)。そんな不毛なやり取りが徹頭徹尾全力で繰り広げられている。こんなこと現実ではありえないだろ、という虚構がリアルに描かれているのだ。
おかしな世界を客席から眺めているうちにそのバカらしさに思わず笑う。なんだこりゃと感じるよりも先、あっという間に奇妙で愉快な時間は過ぎていく。観劇後は心地よい脱力感に包まれるようだ。そして帰り道、現代世界を眺めてみる。というか否が応でも飛び込んでくる現実。冷静に現実に対峙してみると、ナンセンスだと思っていたバカボンのパパたちよりも不条理な世界が広がっているような気がしてくるではないか。
舞台の最後、浦井さん演じる署長はそのドタバタ劇に疲れ果てたのか、虚無感満載の瞳で虚空を見つめる。この視線の先にあるものはナンセンスに満ちたバカボンのパパたちのいる世界なのか、それとも現実の今の社会なのか。どちらを眺めているにせよ、なんだか私自身はバカボン世界に迷い込める方が幸せなんじゃないかと感じる。明日起きたらバカボンに絡まれたいものだ。
もちろん、浦井さんの最後の表情も含め、演者さんたちのパフォーマンスも素晴らしいので、私のように現実逃避したい人でなくとも、お笑いが好きな人であれば間違いなく楽しめる最高の作品。
配信ではメトロンズ全員の登場シーンも観れるなど、配信だけの特典も。お笑いファンはもちろん、何かが足りない、そうぼやいている人には必見の作品だ。
「天才バカボンのパパなのだ」
公式HP https://bakabon2024.com/
配信チケットはこちらから。
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2024.03.07(木)
文=CREA編集部