宇野千代を支えた人々は、数え上げればきりがないほど豊かであるが、ここでは宮田文子に焦点を当ててみる。

「男性と女性」の中で「私も宮田女史も、自分で自分のしていることが、なぜそうしているのか、と言うことが分らない」と称されているが、女優を経て、潜入ルポを探訪記事にまとめる新聞記者、武林無想庵の二度目の妻、ヨーロッパと日本とを股にかけて芸術活動・実業と多彩な才能を発揮した人物で、その破天荒な生涯は『わたしの白書 幸福な妖婦の告白』(一九六六、講談社)に詳しい。宇野千代は宮田に死化粧を施すほどの親友であったが、一九五一年に二人で二ヶ月にわたって欧州漫遊の旅をしている。敗戦から六年目、日本の女性作家としては初である。この年は林芙美子と宮本百合子という、昭和文学を牽引(けんいん)して来たといっても過言ではない女性作家二人が亡くなった年である。持病をおしておびただしい数の連載を抱え、講演をこなし、生き急ぐかのように逝った二人に比べ、宮田文子というコスモポリタンを水先案内人にして欧州を満喫し、長年憧れていた思想家・アランとの邂逅(かいこう)を果たした宇野千代は、五十四歳であった。宮田文子という友を得なければこの旅自体があり得たかどうかわからないし、また宇野千代が十二分に充電を果たし、翌年から始まる会社の破綻や借金地獄に堪えることができたかどうか。

 宮田文子をはじめ、青山二郎、中村天風ら、宇野千代が圧倒的に傾倒をした人々は、「その道一筋」というタイプではなく、誰にもカテゴライズされない異能の持ち主であり、戦前・戦後を通して既存の美しさや正しさ、豊かさを根底から問い直して来た求道者たちであった。文芸の王道を行く谷崎潤一郎や川端康成を崇敬しつつも、「書く」以前に「生きる」ことを愉しむ宇野千代にとって、常住、異能者たちから試されることは欠くべからざることであったろう。

「宇野千代」を読む喜びは、彼女が引き寄せた人々が彼女を再生させる奇跡に立ち会うことであり、ことばでそこに創られた時空間を快い緊張感をもって追体験することでもある。

精選女性随筆集 宇野千代 大庭みな子(文春文庫 編 22-6)

定価 1,100円(税込)
文藝春秋
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2024.03.13(水)
文=金井 景子(早稲田大学教授)