この記事の連載

なぜ自ら投げられに?

 それからさらに時代は進み、10年ほど前から「むこ」は住人だけではなく、公募も行われるようになった。すると応募が殺到。世の中には、二階建ての屋根ほどもある約5メートルの高さから自ら進んで投げられたいと思うちょっと変な……いや勇敢な人がそんなにいるのか。今年の「むこ」2人に話を聞いてみよう。

 大学の同級生である史織さんと結婚した千葉県出身の佐藤貴紀さんは、両親が松之山の出身で、幼いころから松之山に遊びに来ていた。むこ投げには「楽しい思い出に」と自ら応募したそう。今日は学生時代のラグビー部の友人たちも駆けつけて担いでくれている。

 息子が崖から投げ飛ばされるのは心配ではないのか? 宴会場にいらした貴紀さんの母上にもお話を聞きにいったところ「私も夫も、むこ投げを見るのが好きだったんですよ。でも私たちの若い頃は集落が違うと投げてもらえなかったんです。だから息子が飛ぶのは嬉しいですね。心配? ぜんぜんしてません! あっはっは!」と豪快に笑い飛ばされた。

 もう一人、着物が似合う優美さんと結婚した東京都在住の岡田文朗さんはこう話す。

「母が松之山の出身で、僕もむこ投げがあるのは知っていたんです。しかし公募が始まっても兄たちは応募せず。母にとって私は末っ子の息子なので最後のチャンス。『応募するからよろしくね』と半ば強制で(笑)。でも、今は楽しみ。思い切って飛んできます」

いよいよ薬師堂へ

 宴会が終わり、いよいよ「むこ投げ」の舞台となる薬師堂へと向かう。道路は途切れ、険しい山道を登っていく。一行より先に薬師堂に着いてびっくり。斜め45度くらいの急坂だろうと勝手に想像していたら、ほぼ断崖絶壁じゃないか!! 佐藤さんのお母さん、全く心配してないと笑っていたけれど、私のほうが心配になるよ!

 猛烈に雪が降る中、薬師堂の下にはすでにたくさんの人が集まっており、「むこ」たちが来るのを今か今かと待ち構えている。ブオオオ! とホラ貝を吹く音が下から聞こえて、担がれた「むこ」たちが姿を現した。担ぐ友人たちも急坂で大変だ。長靴が滑らないかハラハラする。

 崖の上の境内に「むこ」一行が到着し、いよいよ! とカメラを構えると、「もうちょっと待って~! 松之山の子どもたちが来まーす! 道を空けてあげてください」と声がかかる。わいわい、きゃあきゃあと小さな子たちが雪道を登ってきた。この子たちもいつかここから飛ぶ日が来るのかもしれない。

 そして、「みなさま、お待たせしましたあ!」というアナウンスが雪山にこだまし、ついに担がれた「むこ」が崖の上に姿を現した! 岡田さん、佐藤さんは無事に飛べるのか!? 「むこ」の捨て身のジャンプに手に汗握る後編に続く。

» いよいよ「むこ」が真冬の空に投げられる! 後篇を読む

■旅メモ
名湯の誉れ高い松之山温泉郷へ!

有馬、草津と並び日本三大薬湯のひとつに数えられる新潟県十日町市の松之山温泉郷。湯は塩分が強いため冬でも湯冷めしにくい。宿泊はもちろん、体験施設「地炉」の足湯や、日帰り温泉施設の松之山温泉センター「鷹の湯」(大人:500円 ※4/1~600円)も。車の場合は、関越自動車道塩沢石打ICから約60分。電車の場合は、北越急行ほくほく線「まつだい駅」からタクシーで約20分、もしくは路線バスで約25分。

白石あづさ

ライター&フォトグラファー。3年にわたる世界放浪後、旅行誌や週刊誌を中心に執筆。著書にノンフィクション「お天道様は見てる 尾畠春夫のことば」「佐々井秀嶺、インドに笑う」(共に文藝春秋)、世界一周旅行エッセイ「世界のへんな肉」(新潮文庫)など。「おとなの週末」(講談社BC)本誌にて「白石あづさの奇天烈ミュージアム」、WEB版にて「世界のへんな夜」を連載中。X(旧Twitter) @Azusa_Shiraishi

次の話を読む全国から“投げられ希望”のむこが集まる!? 雪深い新潟ならではの奇祭「むこ投げ」レポート【松之山温泉】

Column

白石あづさのパラレル紀行

「どうして世間にはこんな不思議なものがあるのだろう?」日本全国、南極から北朝鮮まで世界100か国をぐるぐると回って、珍しいものを見てきたライターの白石あづささんが、旅先で出会ったニッチなスポットや妙な体験談をご紹介。

2024.02.25(日)
文・撮影=白石あづさ