清掃員の老女が作るバラの花の枕
ラスト近く、清掃員の老女が乾燥したバラの花の枕を作る場面がある。とても良い話だが、その理由が作中にはない。ただのロマンチックで酔狂な女性と思われかねないが、あれは「はじめての赤ちゃんに、薔薇の花びらの枕を作ってあげると、幸せになる」(熊井明子著『愛のポプリ』)という言い伝えを意識したものだと思われる。熊井氏と有吉氏は10歳ほどの年齢差があり、熊井氏はこの言い伝えの通り、10代の頃、バラの枕を作ったというエッセイを残している。当時はわりと知られた言い伝えで、それゆえに有吉氏は書き残さなかったのかもしれない。
最後に余談であるが、私の祖父は太平洋戦争の初期に戦死している。
外交官で一家の長となるべき総領息子だった祖父の死は衝撃的で、長く「あの人が生きていたら」と皆を悲しませたらしい。私も若き日の彼の写真……目元が涼やかで知性的な……を見ると、この人が生きていたら、今頃自分はどんな人生を送っただろうか、と考えたことがあった。戦友によると戦場でも、毎食ごとに冗談を言ってまわりを楽しませる、愉快な人だったらしい。
しかし、『青い壺』を読んでいて思ったのは、そんな凜々しい青年も当然、歳を取り、退職が訪れただろう、ということだった。もしかしたら、気難しく、エリート意識ばかり高く、まわりをへきえきさせる老人になって、妻に邪険にされていたかもしれない。何より、私という人間自体が存在していなかった可能性が高い。
死者はいつまでも若く、美しい。
そんな当たり前のことを、この物語は今一度、思い出させてくれる。
新装版 青い壺 (文春文庫)
定価 781円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
2024.02.22(木)
文=原田ひ香