この記事の連載
- 井上荒野インタビュー #1
- 井上荒野インタビュー #2
食にまつわる温かな物語『ホットプレートと震度四』
――同時期に発売された『ホットプレートと震度四』は、全体的に温かなストーリーでした。
井上 「食にまつわる道具」が全体のテーマなんです。載っている写真は大沼ショージさんというカメラマンに頼んだもの。短編を書く前に食べ物屋さんで道具の取材をさせていただくというルポを書いていて、その時にご一緒した方なんです。
――短編集に載っている9つの作品の中で、ご自身が気に入っているのはどれですか?
井上 どれも好きだけど、「ピザカッターは笑う」が一番好きかな。
――親の店でパーティーをする息子たちと、それを見守る父親の思い出の交わりが印象的な作品でした。登場する「赤いサルのピザカッター」は実在するんですか?
井上 実在しますよ。私の誕生日に妹からもらったんです。私の家族は食べることが大好きだったからプレゼントしてくれたんですよね。当時は手で挽くコーヒーミルもよく使っていたんですけど、コーヒーミルの話は書きませんでしたね。
――そうですね。コーヒーにまつわるお話だと、「コーヒーサーバーの冒険」がありました。家の窓が開いていたことで、子どもが外へ冒険に行ってしまう物語です。
井上 そうそう。このお話で書いている冒険は、たかが数百メートルの冒険なんですけど、子どもにとっては大きなものなんですよね。
執筆時は音楽をかけず文章のリズムを大切に
――この2冊は、書いていた時期も重なるんですか?
井上 少し重なっていますね。『錠剤F』は集英社の文芸誌『すばる』に不定期で載せていただいて、執筆期間は3年くらい。『ホットプレートと震度四』は半分ぐらいを淡交社の雑誌『なごみ』に載せて、あとは書き下ろしたんです。
――読み心地の異なるお話を同時に書くのは難しそうですが、執筆時にかける音楽を変えるとか、ルーティンで意識していることはありますか?
井上 ありませんね。私は音楽をかけると書けないんです。リズムが狂っちゃうので、静かな場所で、場所を変えることもなく、すべて同じ机に向かって書いています。
――執筆する際に「1日何枚」と枚数を決めて書く方もいますが、いかがですか?
井上 書くのは遅い方なんですよね。何枚とかは決めていないし、一気に書ける時と書けない時の差もそんなに大きくありません。集中力がないから、すぐに「今日のご飯は何にしようかな」と考え始めたり、パソコンでX(旧Twitter)を見たり、服を買っちゃったりしてしまうんですよね。
――井上さんでもそういうことがあるんですね。
井上 そうやってネットサーフィンをしていたら、「トロイの木馬に感染しました」とすごい警告音が鳴ったことが2回あったんです。「止めたかったらこの番号へ電話しろ」と書いてあって、さすがに「詐欺だな」と思ったんだけど、夫にどうしようかと相談したら「とにかくパソコンの電源を落としなさい」となって。それで警告音は鳴らなくなったけど、書いていた小説が全部飛んだんですよね。あれは大変でした。2回目はちゃんと対処できましたけど。
2024.02.12(月)
文=ゆきどっぐ
撮影=山元茂樹/文藝春秋