うろ憶えだが、そんな歌詞だった。

 今の優彩も、こうして雲を上側と下側の両方から、ようやく見ている。

 いつも下側にしかいないから、冷たい雨が降っている上空に、どんな世界が広がっているかなんて、考えたことさえなかった。これほどまばゆく美しく広い雲海が存在していたなんて。嬉しさと悔しさがないまぜになり、涙腺が熱くなる。こんな気持ちになるのは、いつぶりだろう。優彩はあわてて自分を戒め、深呼吸をした。

 心が動くのは怖いこと。そんな意識が、いつもあるからだ。

 半年前、優彩が高校卒業から七年間勤めた画材店が、店じまいした。

 個人経営の画材店では、絵具や筆といった画材だけでなく、デザイン用品、日常使いの文房具などを豊富に取り揃える他、ときおりカルチャー教室や絵画コンクールなど、楽しいイベントも企画していた。

 優彩自身、高校からよく通っていたので、卒業後に就職が決まったときは、奇跡が起こったと大喜びした。

 入荷する商品を吟味するのも、お客さんの問い合わせに対応するのも楽しく、優彩は充実した日々を送っていた。店にある商品の多くは、自分でも使うようにしていたので、自信を持っておすすめできた。

 いいお店だったのに――。

 でもどこかで、そうなるような悪い予感はあった。経営が厳しくなった理由は、文具が昔より売れないことと、加えて、通販サイトに押されたことだった。就職した当初から、先行きの厳しい業界であるうえに、大手のチェーンではないので生き残りは難しい、と危惧されていた。

 そもそも、好きなことを仕事にするなんて、うまくいかないに決まっている。画材店で働けていただけでも幸運だったのだ。世の中、夢を叶えられる人はごく一握り。みんな折り合いをつけて、生活のために働いている。とくに自分は実家が太いわけでもなく、高望みできる立場ではない。

 ありがたいことに、優彩が失職すると知った友人から、何件か新しい仕事の誘いはあった。主には、飲食店やアパレル店での手伝いだった。自分はまわりに恵まれている、と改めて感謝できた。それなのに、どれも違う気がして、結局、自分には無理なんじゃないかと足踏みしてしまう。高望みしてはいけないとわかっているのに、どうしてもその仕事が本当に自分のやりたいことなのか、という迷いが消えないのだ。

2024.01.23(火)