この記事の連載

 日本やアメリカで急速に進む少子化。なぜ女性は子どもを産まなくなったのでしょうか。そもそも、産まないことは問題があることなのでしょうか。

 カリフォルニア大学バークレー校で歴史学博士号を取得した作家のペギー・オドネル・ヘフィントン氏は『それでも母親になるべきですか』で、環境問題や医療、戦争、不景気、宗教などが、いかに女性の人生の選択を変化させてきたかを描きました。同書から一部を抜粋して紹介します。(全2回の2回目。前編を読む


出生率は絶望のバロメーターだ

 世界中で、そして歴史の中で、干ばつ、インフレ、経済の衰退、病気、飢饉には、出生数の減少がつきものだった。この相関関係を生理的な要因のせいにしたくなるかもしれない。栄養失調の女性は、妊娠の可能性が格段に下がる。極度のストレスは流産やインポテンツ、性欲減退の原因になる。しかし、人間を、ベルが鳴らないからよだれが出ないパブロフの犬に例えるのは性急だ。食べものやお金や安全が確保できないから、赤ちゃんが生まれないと決めつけるべきではない。ストレスを受けた体が子どもを授かりにくいのと同じぐらい、ストレスを受けた人は子づくりを望まなくなる。

 人は、たまたま自然に妊娠するのではない。コンドームの利用と中絶、そして無子率は、1930年代に爆発的に増加した。1900年から10年に生まれたアメリカ人女性は、出産適齢期に世界大恐慌の引き金となった株式市場の大暴落「ブラックチューズデー」に直面した世代で、全国的に見ても子どもを産まない比率がアメリカ史上で最も高く、20%である。この期間に生まれた黒人女性の3人に1人は、生涯母親にならなかった。ノンマザーの割合は大恐慌時代にピークに達したのだ。

 子どもを持つ経済的な影響を考えると、大恐慌時代に女性が子どもを産まなかった理由に明らかな説明がつく。子どもを持つよりも、お金とそれを稼ぐ能力を選んだ、もしくは選ばざるを得なかったのだ。20年後、ベビーブームの間に子どもの数が爆発的に増加したが、これもまた、アメリカ史上最も寛大な社会福祉制度が提供された時期に重なっていた。

 子どもがいない女性の典型例を意地悪にイメージ化すると、肩パッドの入ったスーツを着てキャリアに夢中で、部屋の壁には家族の写真ではなく卒業証明書を飾り、ベビーベッドを置くはずの空き部屋に札束を置いている……となりそうだが、これは大まかな輪郭として間違っていない。一般的に子どものいないアメリカ人女性は、母親たちに比べて、裕福で学歴が高く、仕事で成功しているからだ。

 しかし、その絵はよく見ると、遊園地のびっくりハウスの鏡のように真実をゆがめて映し出している。ノンマザーのほうがお金があって高学歴というのは、現在の経済的状況だけに言及しているからだ。子どものいない女性の研究によると、実にその4分の3が、貧困層または労働者階級の出身である。経済的地位を上げるために子どもを持たないのであり、その逆ではないのだ。

 エラ・ベイカーやシモーヌ・ド・ボーヴォワールのように、子どもよりも知的で政治的な仕事を選んだ人。ヘレン・ガーリー・ブラウンのように、マザーフッド・ペナルティよりも男性並みの給料を選んだ人。有名無名の無数の女性たちと同様に、母親になることよりも経済的な生き残りや社会的地位の向上を選んだ人。社会学者のS・フィリップ・モーガンは、「子どもを持たないことは、キャリアに関心のある教育を受けた女性だけが採用する新しい戦略ではなく、過酷な経済状況において、昔から普通に使われ承認されている対応だ」と書いている。人口学者のダウェル・マイヤーズはさらに無遠慮に、「出生率は絶望のバロメーターだ」と書いている。

2023.12.12(火)
著=ペギー・オドネル・ヘフィントン
訳=鹿田昌美