この記事の連載
- 『空と風と時と 小田和正の世界』より #1
- 『空と風と時と 小田和正の世界』より #2
- 『空と風と時と 小田和正の世界』より #3
- 『空と風と時と 小田和正の世界』より #4
「売れるというのは、ああいうことなんだな」
当時、ファンハウスの宣伝部にいた斎藤隆も、レコード店から「お客がなにやらただならぬ動きをしています」との報告を受けていた。初回数は14万枚、それも通常に比べても十分多かったが、さらに次から次へと追加注文が殺到し、一週目で早くも80万枚を売り、工場がフル稼働しても出荷が間に合わない事態にまでなった。
なにしろ、小田自身が「あっちこっちの親戚から頼まれたけど、あれは手に入らなかった。ほんとにびっくりした。売れるというのは、ああいうことなんだな」と振り返るような現象だったが、斎藤はこう述懐する。
「ミリオンというのは、1975年の『およげ!たいやきくん』と1972年の宮史郎とぴんからトリオの『女のみち』以来、ずっとなかったんです。突然変異だと思いましたね。ただ、半年後、チャゲアス(CHAGE and ASKA)の『SAY YES』がまたミリオンとなり、小田さんのヒットはミリオン時代の前兆だったんだなとあとからは思いました」
小田がこの曲を初めて人前で歌ったのは、発売から3カ月ほどたった5月18日。ベストアルバム「Oh!Yeah!」発売を記念しての深夜ライブでだった。場所は、新宿にあった日清パワーステーション。
「凄かったよね。みんな『わぁーっ』となって、お客が初めてナマで聴いたんだなというのがよくわかった。規模は違うけど、サイモン&ガーファンクルが初めて『明日に架ける橋』をやったとき、曲名を言っても観客はシーンとしていたのに、演奏が終わって、わぁーっとなった。彼らと比べたら、スケールは小さいけど、初めてというのは一回しかない。ナマで初めて披露したときの観客の歓声というのは忘れられない」
空と風と時と 小田和正の世界
定価 3,190円(税込)
文藝春秋
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2023.12.01(金)
著者=追分日出子