この記事の連載
- 『クレイジークルーズ』坂元裕二インタビュー #1
- 「クレイジークルーズ」坂元裕二インタビュー #2
何にも縛られないからこそ存分に気楽なものを書けた
――坂元さんといえば、脚本をつくる際に、登場人物の過去について掘り下げて書いた“履歴書”をつくられることで有名です。今作は連ドラではなく長編作品ということでそのプロセスは踏まなかったと伺いました。ほかにいつもと違うやり方をされた、ということはありますか?
いつもはあまり先の展開を考えずに書くんですけど、今回はどうやって終わるのかは、ある程度想定しながら書き始めていました。また、テレビドラマはどうしても「気軽に観られるものをつくることがデフォルト」みたいな状態があるので、 それに反してどこか気軽に観られないものをつくろうという意識は常にあったと思います。テレビで気軽なものをやっても埋もれたり、エッジが立たないじゃないですか。しかし、Netflixではいろんな作品があるからこそ、逆に存分に気楽なものを書けました。配信だとフラットに作品を選択してもらえるところがいいですね。
――『怪物』では「たった一人の孤独な人のため」、「カルテット」では「不登校の17歳の子に向けて」と明確に届けたい視聴者のペルソナが存在していましたね。本作には特定のこういう方に向けた、というペルソナはあったのでしょうか。
本作はシンプルで明確なストーリーになっています。誰に向けてというよりも、多くのNetflix視聴者の暮らしをイメージしました。1日の終わりに、その日の疲れを癒すように、お風呂に入るような気分で観てもらえたらいいなと思っています。
――本作の舞台は豪華なクルーズ船。セレブな描写は経済成長真っ只中の国の視聴者にも人気が出そうな設定なので、海外の視聴者なども幅広くターゲットとして意識されたのかと思っていました。
昔からリゾート地を舞台にカップルが殺人事件に出くわす、ミステリーにラブコメディを絡めたようなジャンル(スクリューボール・コメディ)が好きで、そういう作品を執筆してみたかったんです。ですから舞台設定として現実社会の何かを意識したということはありません。古典的で、わりと普遍的な題材かなと思って書きました。
人間のダメなところもユーモアを持って書きたい
――出演者がフレッシュな顔ぶれだったのも印象的でした。キャスティングに関しては普段どれくらいご意見されるのでしょうか。
自分からの提案はまったくしていなくて、プロデューサーからの案を話し合いながら決めています。吉沢亮さんと宮﨑あおいさんはご一緒するのが初めてで、実はお会いするのも完成後の取材日が初めてでした。実際のお二人も役柄に近い、誠実さがにじみ出ている印象を持ちましたね。映画の中の二人は真面目すぎるぐらい真面目で、それがちょっと滑稽だったりするのだけど、きっと演じるお二人もすごく頑張り屋で、そこにユーモアがにじみ出ていたりするのかなと勝手に想像しました。
――書いていておもしろかった役はありますか?
いつも書いていてつらいんですよ。でも、バトラーの冲方優(吉沢亮)を書けるのは嬉しかったですね。執事の役をずっと書きたかったので。
――今の時代にバトラーの主人公を観ていて思ったのが、この人がいかに肉体労働以上に感情労働をしているか、という部分でした。コロナ禍でエッセンシャルワーカーの方々がフィーチャーされましたが、その方々を含めた労働者の多くは、日々感情労働をしています。きっと今は多くの人が「高度な感情管理」が求められる社会になっていて、自分の本当の感情を上手く使いこなせず、感情で疲れている人が多いんだろうなと思いました。
日本自体が完全に第三次産業であるサービス業が中心の国になっていますよね。何かしらの商材やサービスを売ったり、極端な例でいえばアイドルになったり。もちろん介護なども含め、客商売をする人が僕が子どもの頃に比べて多くなっています。仕事については楽しい側面に目が行きがちだけど、接客業ってほんとに大変だと思います。……といっても、本作は別に硬い話をしたいわけでは全然ないんです。単純に誰かに仕える仕事をしている人は、普段もずっと生真面目なのだろうか? ということを考えながら冲方の役を書いていました。
――個人的には菊地凛子さん演じる映画プロデューサー・保里川藍那が印象的でした。実際いたら毛嫌いしてしまいそうなタイプなのですが、この人も90年代に安室ちゃんやTRFを聞いて育ったのかなと想像したら愛おしく感じてしまって。
もちろん彼女たちにはちょっと醜悪な面もあるけれど、そもそも誰もがちゃんと聖人でいるわけではない。ダメなところもユーモアを持って書けたらいいねという話は撮影の前にもプロデューサーとしていました。
2023.11.15(水)
文=綿貫大介
写真=橋本 篤
スタイリング=DAN(kelemmi)