そう語り、会場の笑いを誘った。
「『ハンチバック』は私が産んだ小説ですが、種付けをした『父』と言える存在が二方います。ひと方は、私の懇願のお手紙をスルーなさった出版界。もうひと方は、私のライトノベルを20年落とし続けたライトノベル業界。この場をお借りして、御礼申し上げたいと思います。その方々がいなければ、私は今、ここにはいません。怒りだけで書きました。『ハンチバック』で、復讐をするつもりでした。私に怒りを孕ませてくれてどうもありがとう。でも、こうして今、みなさまに囲まれていると、復讐は虚しい、ということもわかりました」
と続け、左手でカニューレの穴を塞ぎながらユーモアあふれるスピーチを行った。
選考委員の川上さんは、先の祝辞のなかで、
「一人の人間の持っているものなどささやかなものなのですから、全部を注ぎ込んでしまうと次にはもう何も出てこないのではないかと心配になることもあるはずです。けれど不思議なことに、すべて注いで空っぽになればなるほど、そこに新しい何かがよりたくさん満ちてくるように私は思います」
「いま、『ハンチバック』を書いた後の市川さんにどんなものが満ちてきているのか、とても楽しみです」
と述べている。
市川さんはいまや日本中から注目される作家となった。次回作が待たれる。
市川沙央さんの芥川賞・直木賞贈呈式でのスピーチ全文とその模様を収めた動画は、「文藝春秋 電子版」に掲載されている。
2023.09.08(金)
文=「文藝春秋」編集部