根拠地となっている「伝説の朝ドラ」

 そんな、チームワークを重んじる松川氏。ドラマ制作に対する思いと姿勢には、“根拠地”となっている作品があるという。

「私個人の思いで言うと、まだ若手の頃『カーネーション』(2011年後期)に演出として参加したことが、多分に影響しているかもしれません。自分が朝ドラをやるからには、『カーネーション』に恥じないものを作らなきゃ、と思っていました。

 これは決して、『超える』とか『超えない』とか、目標とかではなくて。全く別のドラマなので、比較するつもりはないんですけれど、『カーネーションのときに苦労してやったことに恥じない作品にしなくては』という思いが、常に私の中にはあります」

『カーネーション』をこよなく愛し、関連書籍にも何冊か携わっている筆者は、この言葉を聞いて膝を打った。同作は、「朝ドラを文芸作品の域にまで押し上げた」と言われる伝説のドラマである。

 

 ちなみに松川氏が演出を手がけたのは、糸子(尾野真千子)と三姉妹の世代交代のはじまりを描き、安田美沙子演じる聡子による「さみしい、もうさみしいさかい」という珠玉の台詞が登場する第20週「あなたを守りたい」と、老年期の糸子(夏木マリ)が病院でのファッションショーをプロデュースする第25週「奇跡」。

 どちらも作品にとって重要なシークエンスである。続けて松川氏はこう明かす。

松川氏が胸に刻む「2つの代表作」

「私が胸に刻んでいる『代表作』が2つあって、朝ドラでは『カーネーション』。これは作品性の高さにおいて『理想』といえるドラマでした。それから、大河ドラマでは『篤姫』(2008年)。こちらも演出として携わったのですが、何より現場の盛り上がりというか、雰囲気が良くて。

 自分が統括でドラマを作るなら、あのときと同じような現場を作りたいと思っていました。『らんまん』のチーフ演出をつとめる渡邊良雄は、『篤姫』の演出チームにもいたので、あの現場で感じた思いを共有して、今に引き継いでいるところがあります」

2023.08.09(水)
文=佐野華英