松川氏の指針となる『カーネーション』と『篤姫』が、『らんまん』に大きく影響していることは間違いないようだ。『らんまん』でナレーションをつとめる宮﨑あおい、万太郎の祖母・タキを演じる松坂慶子、そして他にも多くのスタッフが『篤姫』からの縁で起用された。

 そのチームワークの盤石さは、ドラマを見ていてもよく伝わる。カメラ・照明・大道具・小道具・衣装・「消え物」と呼ばれる料理や菓子に至るまでの、きめ細やかな目配り。これらもやはり、現場の「士気の高まり」から自然と生まれるものなのだろうか。松川氏は語った。

「スタッフひとりひとりが各分野の職人であり、プロフェッショナルであることは大前提なのですが、やっぱりスタッフのやる気や熱量っていうのは結局、脚本にかかっていると思うんです。脚本家の長田育恵さんが、それだけのものを書き上げてくださった。

 1~3週ぐらいまでの台本を初めて読んだスタッフ全員が、『これは絶対に面白い作品になる』と口を揃えて言ってくれましたし、出来上がった完パケ映像を見てさらに、手応えとやりがいを感じてくれているのがわかりました。脚本と、それを形にしてくださるキャストのみなさんの演技が、スタッフの熱量が高まっていく原点だと思います」

 

物語後半の見どころは?

 良質なドラマは優れたスタッフを育て、次の良質なドラマへとつながる。『らんまん』もまた、未来の「名作」の種を、見えないところで蒔いているのかもしれない。最後に、物語後半の見どころを聞いた。

「前半までは可愛らしい印象だった万太郎と寿恵子ですが、後半に入ってどんどん円熟味を増していきます。今は子どもが産まれ、万太郎の植物学の業績も上り調子ですが、このしばらくあと、大きな試練が待ち受けています。それを2人でどうやって乗り越えていくのか。神木さんと浜辺さんの素晴らしい演技にご注目ください。

 それから、万太郎の栄光時代と対比して描かれる田邊教授の物語が、とても魅力的です。長田さんも、我々スタッフも、田邊のような“敗者”のほうにも思い入れがあるというか。人間は一面ではなく、多面でできている。光の裏には必ず影がある。このあたりのきめ細やかな描き方は、長田さんの脚本の真骨頂だと思います。14~17週の、万太郎 vs. 田邊の関係性を丁寧に描くシークエンスは見応えがあります。演出的にも跳ねたと思いますね」

 松川氏いわく、物語は再来週(18週)以降「かなり覚悟を持って描いた」という新たなフェーズに突入するとのこと。しかし、このスタッフとキャストが作るドラマなら、どんな展開になったとしても、きっと心が震えるものを見せてくれるだろうという安心感がある。残り10週、万太郎と寿恵子、そして『らんまん』の世界を生きる人々の、これからの人生を見守っていきたい。

2023.08.09(水)
文=佐野華英