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 2018年にスクリーンデビューを果たしてから、圧倒的な演技力と存在感で瞬く間に実力派俳優の名を手にした山田杏奈さん。現在公開中の映画『山女』では、過酷な境遇にありながらもたくましく生きる主人公の凛を演じています。

 本作の原典は民俗学者である柳田國男の「遠野物語」。民話からインスピレーションを得た福永壮志監督が、脚本家の長田育恵さん(「らんまん」)と共同で執筆したオリジナルストーリーです。因習に縛られる村社会、身分や性別による差別、そして自然への畏敬の念と信仰の危うさ……厳しい暮らしの中で主人公の凛が自らの人生を選び取るまでが描かれています。

 難しい役柄を演じ終えた山田さんに、今回の映画に対する思いや凛のように運命を変えた決断にまつわるエピソードを伺いました。


「山にいそう」と言われて、嬉しかったです

――「遠野物語」から着想を得て生まれた『山女』ですが、この台本を初めて読んでみた際の感想を教えてください。

 貧困や格差などを題材にしたシリアスな映画なのですが、人間とも言えない不思議な存在の山男に主人公が出会うという、どこかファンタジーな要素もあるところに惹かれました。日本の民話を国際共同制作として日米混合のスタッフで作っていくという部分も、どういう切り取り方になるんだろうとすごく楽しみでした。

――今回の映画は、昔の話のようで、実際は現代にも通ずる部分がありましたよね。

 そうですね。現代のヤングケアラーの話だったり、女性が家庭で強いられる役割の話だったり、そういう部分では現代にも通ずる問題があるなと思っています。その中でしっかりと生命力がある凛という女性が真ん中にいる物語を描けたことで、映画を観た人が“昔の話”だけでは終わらせない、感想を持ってもらえたら面白いなと思います。

――実際に演じてみて山田さんが思う凛とは具体的にどのような女性ですか?

 現実的で、夢や空想の世界で生きているという訳ではなくて、自分が与えられたことを粛々とこなしている。だからといって、自身の境遇を運命だと諦めて絶望しているわけではない。生きる強さがある女性だなと思いました。

――福永壮志監督からは、凛を演じるにあたって要望はありましたか?

 あまり細かくはなかったですね。福永監督は「こうしてください」というタイプの監督ではないので。今まで役者さんではない人を起用して映画を撮っていた方なので、歩き方だったり佇まいだったり、芝居をしすぎてはいけないんだろうなと感じながら演じていましたね。オーバーなお芝居といいますか、ドラマチックに演じるというよりは現実的に、凛そのものとして生きることを意識していました。

――本当に、あの世界に生きている人のように感じました。いろんな苦難が彼女を襲う訳ですが、決して可哀想で終わってしまう訳ではなくて……。凛と同じ目線になりながら、彼女が強く生きていこうとする様子を見守れるのは、やっぱり山田さんの演技力だと感じました。

 嬉しいです。福永監督からも「山にいそうだよね」と言ってくださって、それは本当によかったなと思っています。凛は口数が多い訳ではないですし、山男とはセリフのやり取りがある訳でもないですが、だからこそ現実感のある佇まいが求められるだろうなと思っていたので、映画を観た方にそう思っていただけて嬉しいです。

――土にもまみれていましたね。指先までも、伸びた爪や汚れ方がすごくリアルだと感じました。

 本当に真っ黒に塗っていました。現場では「肌が白い! ダメだ!」と言われて、肌にも黒いファンデーションを塗りたくっていました(笑)。でも、自分自身が黒くなればなるほど、山に入っていくというか、少しずつ凛に近づいている気がしましたね。

2023.07.06(木)
文=高橋琴美
写真=松岡一哲
ヘアメイク=菅長ふみ(Lila)
スタイリスト=中井彩乃