近年は薄まっていたものを含めたおなじみの要素も復活
そしてまた、こうした「ファン必見」を強く感じさせるのは、前篇で述べた「関係性」の描写がずば抜けているからであろう。
コナンと灰原、阿笠博士はもちろんのこと、ベルモットの行動やコナン・灰原との関係性は「工藤新一NYの事件」編、「黒の組織と真っ向勝負 満月の夜の二元ミステリー」編、「漆黒の特急(ミステリートレイン)」編を経たうえでのものであり、本作の陰の功労者といえる水無怜奈がなぜあんな立ち回りをしたのか? にも、「彼女が黒ずくめの組織に潜入中のCIAエージェントだから」以外の理由――父を目の前で失っているため、自分以外に同じような思いをさせたくないというものがある。
関係性ということでいえば、蘭に抱きしめられた灰原が「お姉ちゃん……」と宮野明美を思い出すシーンは、「黒の組織と真っ向勝負」のセルフオマージュでもある。
コナンと灰原の関係性でいうと、コナンが灰原にメガネを渡すエピソードは「黒の組織との再会」編、コナンが灰原にかける「自分の運命から……逃げるんじゃねーぞ……」という言葉は「謎めいた乗客」編とリンクしている。加えて、灰原がどうやって黒ずくめの組織の元から逃げ出したのか、「黒の組織から来た女 大学教授殺人事件」で描かれたシーンの詳細がここにきて判明するのも、ファンにはたまらないのではないか。
また、ラブストーリーとしても関係性にある種の“決着”がみられる。灰原はコナンに好意を寄せていたが、第24作『緋色の弾丸』(21)で描かれたように、コナンの相棒という関係性を築きつつあった。
このままいくのか、どうなのか……というのはファン的にも気になるトピックだっただろうが、『黒鉄の魚影』では灰原がコナンに水中で人工呼吸をする→蘭にキスをして「チャラにする(返す)」というこれまた衝撃の展開が用意されている。
しかもこれは第2作『14番目の標的』(1998)のセルフオマージュであり(こちらでは蘭がコナンに人工呼吸をする)、自分も含めたオールドファンは二重三重の意味で驚かされたはずだ。ちなみに『14番目の標的』の人工呼吸シーンは原作者の青山剛昌が悩みぬいた末に採用したアイデアであり、そのエピソードを知っている観客からするとこのシーンを入れるに至った覚悟を感じずにはいられないのではないか。
しかもこうした展開が浮かないように、近年は薄まっていたものを含めたおなじみの要素が大量に盛り込まれている。初期作では“見せ場”といえばこの曲だった「キミがいれば」の復活、コナンの姿に新一が重なり蘭がハッとする演出、眠りの小五郎の推理ショー……古参ファンの涙腺を刺激するであろう心憎い演出の宝庫なのだ。
2023.07.05(水)
文=SYO