さて、朴自身が恥ずかしがっているにもかかわらず、冒頭から長々とタイトル=『万事快調(オール・グリーンズ)』の元ネタを解説するなどという恥の上塗りをしてきたわけだが、それも仕方がないことに、本作は、ある種の文化に愛着を持つ人間のツボをくすぐってくるような膨大な作品名やアーティスト名で溢れている(ここまでの文章、口頭だったらオタク特有の早口で(まく)したてていることだろう)。マーガレット・アトウッド『侍女の物語』、『グランド・セフト・オート』、『フォートナイト』、米津玄師、大島弓子『綿の国星』、岡崎京子『リバーズ・エッジ』、スタンリー・キューブリック『時計じかけのオレンジ』、フィリップ・K・ディック『ユービック』、タイラー・ザ・クリエイター、ニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンド……。ただ、それらの固有名詞は単なる記号ではなく、物語の構造と複雑に絡み合っているので、この解説にも少しは意味があるのかもしれない。

 例えば、前述のピチカート・ファイヴという一九八四年に結成、二〇〇一年に解散した、いわゆる〈渋谷系〉の中核と位置付けられる音楽グループは、膨大な引用でもって楽曲やアートワークをつくり出したが、その背景には八〇年代から九〇年代にかけて消費のテーマパークと化していた“渋谷”という空間に象徴される豊かさ(故の(むな)しさ)がある。

 一方で、〈オール・グリーンズ〉の活動拠点となっているのは、二〇一八年の茨城県那珂郡(なかぐん)東海村。一九九九年に核燃料加工施設が臨界事故を起こしたことで悪名高くなったこの土地は、物語ではとにかく何もない土地として描かれる。古びたボウリング場の〈テラヤマボウル〉がほとんど唯一の娯楽施設であり、二駅離れた町に出来たばかりでひとがひしめいている〈スターバックス・コーヒー〉は、「この地域ではまだスタバが物珍しいもののひとつなのだ。北関東、とくに茨城の北部はまだ文明が未開であり、火が発明されたのも去年のことだ」と解説される。

2023.06.29(木)
文=磯部 涼(ライター)