居場所を自分で作った13人の女性たち

井﨑 先ほどスーさんからご著書に登場された13名の方のお話が出ました。私は編集者として連載に伴走させていただきましたけど、(この13名は)スーさんがこだわってこだわって選ばれた13名なんです。

スー そうですね。私、自分の居場所を自分で作った人に、すごく惹かれるんですよね。

 たとえば、スタイリストと呼ばれる職業の人はたくさんいらっしゃるけれども、大草さんは私にとって、読者と積極的にコミュニケーションをとって、スタイリングをリアルな生活に落とし込んでいった第一人者という認識なんですよ。そうやって自分の居場所を作っていった人の話を聞きたかったんです。

大草 これは多分スーさんがやりたかったことだと思うんですけど、(この本は)ナイチンゲールとかヘレンケラーとか、そういう歴史上の人たちの伝記じゃないから、勝手に親近感や共有感をものすごく感じるし、なんていうか、女の人同士の結束力っていうのかな、それを感じたんですよね。

スー そうそう、そうなんですよ。なにが言いたかったかっていうと、頑張っている人の話って、どうしても「だってあの人は特別でしょ」とか「私とは違うから」って1歩目でスパンと(自分と)分けちゃう人がめちゃくちゃ多いのよ。

 でも、「いや待って待って、多分違うと思うよ、だってあの人たちも普通の人だもん」って、私は言いたいの。

大草 うんうん。

スー インスタグラムに来るDMには相談事も多くて、とにかく、「自信がない」「心配だ」「不安です」っていう話がバリエーションを変えてずっと来るわけよ。全部それなわけ、究極的には。

 でも、「多分それって自分の中で作ってるものだよ」って言いたいの。誰かが「あなたは不安に思うべきです」と言ってるわけではないよ、と。でね、私、世紀の大発見をしたんです。

大草 世紀の大発見?

スー あのですね、「自分に自信がない」「不安です」「心配です」ってずっと言っていて、一歩前に踏み出せないとか、自分が何者でもないって思い続けている人たちって、最初の傷は多分親とか友だちとか、そういう周りの環境によってつけられたものなんですよ、絶対。だって、生まれ落ちた瞬間から自信がないという人はいないから。

 どこかの瞬間に傷つけられて、それに対して自分自身の生存戦略として、「ここで大きく期待を持つと後で傷つくぞ」とか、「自分自身を過信すると嫌な思いをするぞ」とかって、だんだん自分に対する期待を下げていったと思う。でも結局それがトゥーマッチになりすぎて、最初は防御のための壁だったのが、どんどん自分を小さく入れる箱みたいになっちゃってるんだよね。

大草 あぁ、なるほど。

スー そこに入っちゃったことによって、自分自身の可能性とかチャンスとか、自分で全部摘んじゃってるわけですよ。バリアを張って「ヤーッ!」って防御したんだけど、今は誰も攻撃していないのに、ずっと心配です不安です、できません、ヤーッ、ヤーッ! みたいに防御してる。だから、ほかの誰でもなく自分でバリアを解除しないといけないんですよ。

 すごく大変だと思うけど、こういう本がきっかけで、自分で(バリアを)解除してもらえるチャンスになるかもな、と思っているんです。

何者かになれる可能性は死ぬ1秒前まで残しておけ

井﨑 今回は事前にお二人への質問を募集したのですが、まさに今のお話で、「何者にもなれなかった自分をどう受け入れていいかわかりません。プライドが高すぎる自分自身への評価や期待値を下げて、日々を穏やかに過ごすにはどのようなマインドセットで生きていけばよいでしょうか」というご質問がありました。よろしければ大草さんからお願いします。

大草 この質問って、逆説がちょっと入ってるなと思うんだけど。「何者にもなれなかった自分」っておっしゃってるじゃない? だけど「プライドが高い」ともおっしゃっていて、ちょっとないまぜになってるのが透けて見えたんです。

 何者にもなれなかったっていうのは、わかりやすくいうとタイトルだったり肩書きだったり、もしかしたら有名になるとかお金を稼ぐとか、わかりやすい“何者”なのかしら。

スー そうだと思う。人によっては母とか妻とか、そういうタグだよね。これもやっぱり、自分で解除していくしかないんですよ。

 この人は多分、何者かじゃないと自分は存在価値がないと思っているから、何者かになれない自分に対してすごく自罰的な思いを持ってるわけでしょう。でも、自分自身への期待値や評価を下げてまで日々を穏やかに過ごす必要はないんですよ。それがまさに「ヤーッ!」だから。本当に自分に対する期待値を下げるとかやめた方がいい。

大草 そう思う。

スー 「何者かにならないとこの世に存在してはいけない」と自分自身を規定してるんだとしたら、「そんな可哀想なことは今すぐやめろ」だし、「自分自身が何者かになれるかもしれない可能性っていうのは100%死ぬ1秒前まで残しておけ」だし。どだい何者かって自分で決めらんないのよ。

大草 世紀の発見第2。どうしても人ってわかりやすい肩書きとか役職、そういった社会的ないろいろな役割ってとこで見ちゃうから、まずそれ1回外したほうがいいね。

スー 自分がやりたいこととか、興味があることをやってみて、楽しい時間があったらそれで良しとしていくほうがいい。それでも満足がいかない虚栄心ととか承認欲求とかがあるんだったら、それはそれで人前に出る仕事をする上でのすごく必要なものだから、そういう仕事をするとかね。

30代前半は嫌いなことも含めて全部やったほうがいい

井﨑 続いての質問はすごくたくさんの方からいただいたんですけど、「30代、40代でやっておけばよかったと思われることはなんですか? 逆に30代、40代でそれほど必要ではなかったなということはありますか?」。

大草 私は、30代、40代でやらなければよかったということはないです。ないんだけど、3人の子どもに対しては、「仕事をしていればあれこれしてやれなくても当然かもしれない」っていう思いがちょっとあったなって、正直すごく思っています。

スー すごい正直だね。

大草 うん。もしあのときに戻れたら、また違うやり方があったかなとは思います。後悔とか反省とかとはまたちょっと違うんだけど。そのときは自分も精一杯だったし、やれることはやったって思ってはいたけど、冷静に今振り返ってみると、少しスルッと逃げていた部分はあるかなとは思います。

スー 私も、30代、40代でやっときゃよかったこともないし、やらなきゃよかったこともないかな。

大草 自分の歩んできた道が事実としてあるわけだもんね。

スー 『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』っていう本に書いたんですけど、30代の前半は、嫌いなことも含め、とにかくいろんなこと全部やった方がいいと思う。それで後からそれを選定するの。30代後半とか40代後半になってからで全然いいので。

2023.04.19(水)
文=張替裕子(ジラフ)
写真=平松市聖