——「フランスにいる」はいかがでしょう? 倉庫のような場所で、原作者でもある加藤さん演じる画家が高良健吾さん演じる青年の肖像画を描き始めるまでの物語ですが、3作の中で俳優とカメラの距離が一番近いように感じました。

柄本 それはあの作品だけ手持ちのiPhoneで撮っているからでしょうね。途中まで、舞台のように一方向だけから撮っていたんですよ。だけど、それじゃあ映画にする意味がないと思い直して、動き回る役者さんを追いかけるって撮り方に切り替えたんです。結果、役者との距離も近いシーンも撮れたという。

——iPhoneで撮っていたんですね。どうりで他の2作とは映像の質感が違うなと思っていました。「フランスにいる」に関しては、舞台は倉庫のような場所なんだけど、設定はパリだっていう衝撃的な1作ですよね(笑)

柄本 実際、あれは東京乾電池の倉庫で撮っています。下北沢にフランスを再現するのは面白いなっていう、バカなアイデアなんですけど。日本的なものを隠して、フランス語のポスターとかを置けばどうにかなるんじゃないかなって。

——たしかに、マノエル・ド・オリヴェイラ監督の『アニキ・ボボ』のフランス語版ポスターが置いてありましたね。おそらく柄本さんの私物ですよね?

柄本 そうです(笑)。あれ、オリヴェイラの娘さんからいただいたすごいものなんですよ。危うくアップを撮りそうになりましたけど(笑)

——もうひとつ本作の驚くべき点は、キャストの豪華さだと思います。加藤さんや弟の柄本時生さん以外の方も、以前から面識があったんですか?

柄本 高良健吾は15年来の友達だし、宇野さんは何度かお仕事したことがありました。加瀬さんも面識はありましたが、連絡したのは10年ぶりでしたね。最初、「ちょっとご相談があるんですけど……」とメールしたら、「家族の問題とかの相談には乗れないよ」と返事がありましたが(笑)。渋川さんに関しては、意外かもしれませんが、一度も仕事をしたことがないし、会ったこともほとんどなかったんです。うちの奥さんが2度くらい仕事をしているのかな? それで奥さんと渋川さんが飲んでいるとき、僕が迎えに行って挨拶したくらいで。ただ、近い界隈に知り合いが結構いるので、初めて仕事をするって感じはありませんでしたね。

——じゃあ、キャストの中には知り合いはいたけど、それよりも戯曲を読んでそれに合う役者さんを選んでいったと。

柄本 そうですね。特に、明確に「これはこの人だ!」と思ったのは、「フランスにいる」の健吾です。健吾って暗い役が多いじゃないですか(笑)。それがいいとか悪いとかではないんですけど、それにしたって暗い役が多すぎるんじゃないか? と思っているところで戯曲を読んで、「この役は僕が思い描く健吾に近いぞ」と。あっけらかんとした軽い男で、何かに悩んでいるんだけどそれも軽く見える。僕が思う健吾のスペシャルな部分がこの役なら出せると思って、オファーしました。

——親友を演出してみていかがでしたか?

柄本 どうだったんだろうな……。でも、普段の距離感と変わらなかった気がします。僕が撮りたかった健吾は、普段の距離感の延長で演出しないと映せないと思ったので。

——ということは、本作では柄本さんが思う高良さんの素に近い部分が映し出されているわけですね。他の作品の現場ではどのように立ち振る舞っていたのでしょうか?

柄本 「ムーンライト下落合」に関しては、僕はもちろん、加瀬さんも宇野さんも戯曲を面白がっていたんだけど、それを言葉にはできなくて、「なんなんだろう、この面白さ」っていうある種の“わからなさ”を共有していたんです。だから、3人で「どうしましょうかね?」って、意見交換をしながら作っていった感じです。

——「約束」についてはいかがでしょう?

柄本 渋川さんが演じた兄役をどう描くかってことに神経を尖らせていましたね。というのも、実生活では僕自身が兄貴だから。実はあの作品、戯曲では雲を見た兄が「あんなのあった?」と言って終わるんです。だから、その後の展開は映画オリジナル。戯曲通りの終わり方だと、あまりにも兄が情けないなと思ってしまって(笑)。車道を渡ろうとする弟を、兄が「危ない」と言って静止した瞬間、車が通り過ぎるという最後のシーンは、「こんな情けない奴だって弟を助けられるんだぞ」っていう、兄貴としての僕なりの救済措置なんです(笑)

——そういう個人的な思いも作品には込められていると(笑)。本作のパンフレットに、プロデューサーの松井宏さんがプロダクションノートを寄せています。それによると、柄本さんの現場での演出は俳優との距離が物理的にかなり近かったそうですね。

柄本 そこに関しては自覚がないのでよくわからないんです(笑)。でも、本当に近かったみたいですね。松井さんは主に「ムーンライト下落合」のことを言っていると思うんですが、おそらく3作の中で一番緊張感がある作品だし、自分の目の前で起きていることを一瞬も見逃さないぞっていう気持ちがあったんだと思います。遠くからだと、よく見えませんから。

——柄本さんは小学校の卒業文集に将来の夢として、「誰もが感動できる泣ける映画を作りたい」と書いたそうですね。完成した『ippo』は、その夢を達成できたと思いますか?

柄本 冗談抜きで、達成できたと思っています。そういう風に感じてくれる人は、少なからずいるはず。なぜなら、僕がそう感じて撮っていたから。

——最後に、私生活についても聞かせてください。柄本さんといえば映画好き、映画館好きとしても知られます。多忙だとは思いますが、最近も映画館に通われているんですか?

柄本 そうですね。本数自体は少なくなっているとは思いますけど、やっぱり映画は映画館で観るようにしています。というか、テレビの前に2時間座ってられないので、家では映画が観れないってだけなんですけど。でも、それは役者という仕事をやる上でも、映画監督になるという夢を追いかける上でも、サボることはできないなと。映画が好きだから、今の仕事ができていると思っているので。だから、僕にとって映画館で映画を観ることは、もう趣味とかではなく、生活の一部というか、生きることそれ自体という気がします。

柄本 佑(えもと・たすく)

2003年、映画『美しい夏キリシマ』で映画主演デビュー。主な出演作に、『きみの鳥はうたえる』『素敵なダイナマイトスキャンダル』など。また監督作として、第18回あきた十文字映画祭でお披露目した『帰郷★プレスリー』や『アクターズ・ショート・フィルム』で手がけた『夜明け』などがある。『シン・仮面ライダー』などが公開待機中。

『ippo』

それぞれ設定や登場人物が異なる3つの短編「ムーンライト下落合」「約束」「パリにいる」で構成された短編オムニバス。「ムーンライト下落合」では、柄本と旧知の仲である映画監督の三宅唱、俳優の森岡龍が助監督を務めている。
2023年1月7日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開。
https://ippo.brighthorse-film.com/

Column

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ゲストの方に気になる話題を語っていただくインタビューコーナーです。

(タイトルイラスト=STOMACHACHE.)

2023.01.07(土)
文=鍵和田啓介
撮影=佐藤亘