柄本佑さんが監督した映画『ippo』。俳優界随一の映画好きとして知られる柄本さんのことだから、常人にはとっつきにくい作品だったらどうしよう……なんて心配は無用。2人の男の会話劇を描く3本の短編で構成されたこのオムニバス映画は、ユーモアに溢れ、風通しがすこぶるいい。そして何より驚くべきは、どんな映画にも似てないオリジナルな世界観を構築していること。そんな本作の撮影の裏側について、柄本さんに語ってもらいました。

——『ippo』は、劇作家で演出家の加藤一浩さんが手がけた連作戯曲が原作です。なぜ加藤さんの戯曲を映画化しようと思ったんですか?

柄本佑さん(以下、柄本) そもそも加藤さんと僕は、もう5年くらい僕が監督する長編映画のための脚本作りをしていたんですね。でも、ようやく完成した初稿が、ちょっと盛りだくさん過ぎて映画化は難しいよねとなりまして。じゃあ、加藤さんが既に書いていた連作戯曲を短編オムニバスとして映画にし、長編を実現するための名刺代わりにしようかなと。そんな感じで、今回の企画は動き出しました。

——長編の企画が先にあったんですね。5年も待ってしまうほど柄本さんの心を掴んだ、加藤さんの戯曲の魅力って何なんですか?

柄本 加藤さんの戯曲は「何も起きないよね」って感想を抱かれがちなんですよ。たしかに、今回の3作はどれも2人の男が話しているだけだし、内容も一見すると重要じゃない。実は長編の脚本も似たような感じなんだけど、その中には、いろんな感情が蠢いていると僕は思っていて。それを示したいという衝動もあって、作り始めた感じです。で、3本並べて上映したら、僕らのやりたい一貫したテーマみたいなものが見えてくるんじゃないかなと。

——そのテーマというのは、自分なりに見えたんですか?

柄本 どうですかね(笑)。まだ、でっかいスクリーンで観れてないので。スクリーンで観れたら、答えられる気がするんですが。

——ただ、テーマは一貫しているのかもしれませんが、作り方は作品ごとにアプローチがかなり違いますよね。例えば、加瀬亮さんと宇野祥平さんが狭い室内で語り合う「ムーンライト下落合」ではすごくカットが割られている一方、渋川清彦さんと柄本時生さん演じる兄弟が公園でとりとめのない会話を繰り広げる「約束」は、長い横移動や、遠景のショットが印象に残ります。

柄本 「ムーンライト下落合」に関しては、もともとの戯曲が長い1シーンみたいな話なので、あえてカットを割りました。もし長編を監督する機会があったら、僕は1シーン1カットでいきたいという気持ちがずっとあって。だから、今回はめちゃくちゃ割ってやろうって思いもありました。「約束」は、30メートルのレールを使いたいってところから始まっているので、そのレールをいろいろ工夫しながら使っていったらああなった感じです。撮影をしてくださった四宮秀俊さんには、「こんな長いレールは使ったことがない」と言われましたね。

2023.01.07(土)
文=鍵和田啓介
撮影=佐藤亘