この記事の連載

消耗されることに視点を置かない考え方

――忙しい日常を現すように、最近は「時短」「簡単」というレシピを多く見かけます。一方で、枝元さんの最近のレシピからは、そういう方向性はあまり感じないような気がします。

枝元 そういうテーマで依頼が来たらもちろん考えますけど、料理は暮らしとくっついていることだから、日常を抜きして「早い」「安い」「うまい」はもういいかな。時短や栄養価が高いレシピの提案はきっと役に立つけれど、目先の新しいことばかりを追っている気がして……。

 というのも、50~60代の友人と話をしていると、これまで一生懸命にいろいろ考えながらまっとうに生きてきたのに、どこか消耗された雰囲気を感じるんだよね。

 あなたも、仕事をしていて、消耗されていくような感覚はない? 時間が経ったら、「そのテーマはちょっと古いですよね」と言われてしまうような。そんな風に、生きていると人もロスされていく瞬間があるように思うんです。

 料理や食べることって古くから続いてきたことなのに、おかしいよね。だから、消耗されることに視点を置かない、そうじゃないところを考えていけたらいいなと思っています。

 一方で、料理研究家としてそういうテーマでさんざんお仕事をしてきたわけで。「罪深い私を許して!」っていう気持ちもあるんだけどさ(笑)。

資本主義社会で感じた違和感

――メディアで仕事をしていると、流行の移り変わりの速さには目を見張ることがあります。

枝元 資本主義社会が目指す頂点って幸せそうに見えないよね。上に登っていこうとすると、下から来る人たちを蹴落さないとならない。「こいつらと競争して、負けたら落ちる」って苦しいままでずっと頑張ってさ。きっと性格が嫌な奴になるよね。

 私もメディアで仕事をしているから、「人が食べるための料理」じゃなくて、「もっと仕事が来るように」って自分の利益を追い求め始めたらどうしようかと考えたことがあって。

 これは資本主義の強欲さともいえる現象だよね。食べ物が利益を追求する道具になって、「儲かるため」、そして「仕事として成り立たせるため」に進んでいるの。

2022.12.28(水)
文=ゆきどっぐ
撮影=平松市聖