客席の緊張感も音楽を作り上げる要素のひとつ

ヴァイオリニストの日下紗矢子さんは1979年兵庫県生まれ。東京藝術大学を首席卒業し、2008年からはベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団のコンサートミストレスを務める。13年4月からは読売日本交響楽団のコンサートミストレスも兼務

 バッハの「ゴルトベルク変奏曲」はピアノ独奏の名曲としても有名だけど、この弦楽三重奏版は、有名な「アリア」から、次第に複雑さを増していく30のヴァリエーションが、弦の持ち味を最大限に生かして編曲してあり、演奏家たちも艶やかな音で共演しています。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが「3つでひとつ」に聴こえるような一体感を醸しだしているのも素晴らしい。

 バッハのバロック音楽が、時折驚くほどモダンに聴こえてくるのも彼らならではの洗練。かと思えば、ヴィヴァルディのようなイタリア的な妖艶さも薫ってくる。高級なお香にも似た、夢見るような余韻があるのです。

 今年の1月に行われたこの演奏会は私も聴いたけれど、アーティストと呼吸をあわせるがごとく、全身を耳にして集中していたオーディエンスも素晴らしかったわ。このホールの長所は、そうした神妙な客席の空気感と、ステージの出来事が自然に溶け合って、ひとつの体験になるところ。一瞬一瞬の感動と、芸術家への尊敬の念が、しんしんとふるえる響きとなって、録音に刻印されている……なんて表現は、ちょっと大袈裟かしら。

 シューマンの「ピアノ四重奏曲 変ホ長調」は1991年生まれのピアニスト、北村朋幹さんが加わって、深遠でロマンティックな世界が掘り下げられている。この北村さん、先日同じホールでのソロ・リサイタルを拝聴したけれど、ベートーヴェンの「月光ソナタ」の第一楽章のラストを消え入るようなピアニッシモで表現するなど、とてもユニークな探究心の持ち主。10代の頃から天才肌のピアニストとして活躍してきた彼の成長を聴けるのも、このホールの企画公演の楽しみなのです。

 ドイツで修業し、活躍してきた4人のアーティスト(石坂さんはドイツ生まれ)によるシューマンは、彼らが肌で感じてきた「本物」の気配が立ちこめていて、非常にエレガントで成熟した表現に仕上がっている。必然のメンバーによって奏でられている音楽の、奇跡を感じる録音……それがこの「トッパンホール・アンサンブル」のCDなのです。

 客席数の少なさゆえ、すぐにチケット完売になってしまうのが惜しいトッパンホールだけど、一度はぜひ訪れてみてほしいクラシックのパワースポットなのでした。

トッパンホール
所在地 東京都文京区水道1-3-3
電話番号 03-5840-2200
URL www.toppanhall.com

小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

Column

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女性の美と知性を磨く秘儀のようなたしなみ……それはクラシック鑑賞! 音楽ライターの小田島久恵さんが、独自のミーハーな視点からクラシックの魅力を解説します。話題沸騰の公演、気になる旬の演奏家、そしてあの名曲の楽しみ方……。もう、ときめきが止まらない!

2013.10.22(火)