インスピレーションは謎の因習が残る祖母の家

――『光が死んだ夏』を読んでいて、自然の描写が秀逸だと感じました。木の一本一本に命が蠢いて、畏怖に近い感情を抱いたのですが、自分の中で幼少期から親しんできた水木しげる先生の世界観につながったところもあって。

 確かに、水木先生の草の表現などはすごく好きです。草が一本一本、たなびくように描かれていますよね。

 自然や田舎の表現は、祖母の家からインスピレーションを受けているところも大きいです。私自身は東京生まれ東京育ちのような感じで田舎になじみがないのですが、父方も母方も実家が田舎の方で、遊びに行くたびにその風景を見てきました。祖母の家が田舎の集落の小さな商店なのですが、まんま『光が死んだ夏』に出てくる「山久」のような感じなんです。

 何十世帯くらいしかない集落で、コンビニなんてないしおばあちゃんの商店くらい。あとは民宿と海と山と川のような場所で、謎の因習があったりして。

――因習! ホラーには欠かせない要素ですね。

 「因習って本当にあるんだ」って笑っちゃいました(笑)。変わったお祭りや妖怪伝説もあって、実は同じ話が三重のほうにもあるんです。それがなぜかというと、三重の方の海女さんが何十年も前におばあちゃんが住んでいる地方に引っ越してきたから。口頭伝承でこっちまで広まったということでした。

――民俗学の領域ですね……。ちなみに僕自身は田舎の出身なのですが、『光が死んだ夏』には田舎特有の雰囲気がありつつも、どこかモダンな空気が流れていて、その中で生活している人よりちょっと俯瞰で見ている感じがするなと思っていて。いまのお話を聞いて、合点がいきました。

 田舎出身の母にも「都会の人が描いている田舎だよ」とは言われました(笑)。ただやっぱり、普段生活しているわけじゃなくて1年に何回か行ったときのあの「怖い」感じがすごく生きているとは思います。

――おっしゃる通りだと思いますし、それがメリハリになっていますよね。前後にモダンでお洒落なシーンがあるから、おばあちゃんが出てくるシーンのザ・田舎な感じが引き立つ。

 「やっぱホラーに出てくる老婆は怖くてなんぼでしょ」と思って描きました(笑)。田舎に行ったときの自分自身の感覚や、周りの人から聞いた話も田舎の描写には役立っています。例えば父や母に「田舎ってどんな感じだった? どんなことを言われた?」と取材したり、周りに「若い人の方言ってどんな感じなの? そんなに訛っていないの?」と聞いたりしながら作っています。

――『光が死んだ夏』はマンガ好きから火が付き、TwitterやTikTokといったSNSでさらに人気が拡大した印象があります。そういう意味でも、本作の都会的と田舎感のバランスは多くの人がとっつきやすかったのではないかと感じました。

 私自身は「若い層に受けた」というのが不思議だったんです。でも、田舎の感じって意外とみんなの心の中に原風景としてあるんだなと感じました。それが面白くもありましたね。

 Twitterに関してはよくやっていたので、「ぼちぼち反応が増えてきて嬉しいな」と思っていたのですが、あるときにフォロワーが爆増して何があったんだろうと思ったら「TikTokで話題になってるよ」と言われて。ダウンロードしてみたら「うわ、こんなにあるんだ」という感じで電波のスピードの速さに驚きました。

――『光が死んだ夏』はWEB連載で、ネットを通じて注目された部分もあるかと思いますが、紙で読んだときの質感の面白さもすごくあると感じています。それこそ、『東京喰種トーキョーグール』のお話で出た“めくり”の上手さもありますし。先生ご自身は、紙とWEBでの展開に関してどのようなバランスで描かれているのでしょう?

 基本的に紙でめくったときの感覚で描いています。初期は“めくり”のことを全然考えていなくて、編集さんに教えてもらって意識して取り入れるようになりました。「ヤングエースUP」は縦読みのため、見開きはどうしても分割されてしまうのでそこは難しいのですが、セリフの間隔や観る順番が右から左になるようには意識して描いています。

――紙で読んでいると、黒の使い方――陰影や闇だったり、ベタの表現の巧みさも強く印象に残ります。

 隙間のない黒は使いすぎないようにして、ベタの量で雰囲気を変えようとはしています。たとえば1巻の最後で光の顔が崩れるシーンでは、敢えて普段よりも背景のベタを少なくしてナニカのエグさを引き立たせようとしました。逆にがっつりホラー感を出したいところはものすごくベタを入れて薄暗い雰囲気を出したり、シーンによってベタやカケアミの仕方を変えています。

――コマによって背景に塵のようなものが待っていたり、濃淡が効いていたりと、モノクロの世界での表現の可能性を感じます。

 先ほど「デッサンをやっていた」というお話をしましたが、ハッチングって黒と白しかないなかでたくさんの質感を描き分けないといけないのですごく気を遣うんです。わざとぐるぐると鉛筆を動かしたりひっかく様にして描いたり、すごく綺麗にそろえたうえでこすったり、そういった技法が体に染みついている気がします。

――光に擬態した“ナニカ”の表現もインパクト大。細胞のようなペイズリー柄のような……。あのデザインはどのようにして出来上がったのでしょう?

 気持ち悪すぎないけどぞっとする感じにしようと思っていて、細胞的なものとあとはフラクタル図形の一種である「マンデルブロ集合」です。数学的な計算で生まれる幾何学図形に見えるにもかかわらず、葉っぱの生え方や野菜の形だったり、自然界に存在するものなのが面白いなと思って採り入れています。

――フラクタル図形だったのですね。 ちなみに、先ほどお話に上がった編集さんとはどのように作品作りを進めているのでしょう?

 私が考えてきたネームを読んでもらって、筋道がわかりづらかったり読みづらいところや、あとは「ここはどうなってるの?」といったフィードバックをもらってブラッシュアップしていく形が多いです。読みやすさや伝わりやすさ、構成はすごく難しいところなので、私の思考を分かりやすくしてくれて内容を伝えるために最適な形を探してくれるのは滅茶苦茶助かっています。

――本日は貴重なお話の数々、ありがとうございます。初商業連載で日々お忙しいかと思いますが、お仕事の合間の息抜きアイテム等はありますか?

 完全に『スプラトゥーン3』ですね。大好きなシリーズで、最近新作が出たんです。なかなかプレイする暇がないのですが、『スプラトゥーン3』をやるために仕事をしています(笑)。仕事に区切りをつけて『スプラトゥーン3』で遊んでいると、すべてが発散されていきます。

モクモクれん

今作で漫画家デビュー。無料漫画サイトヤングエースUPにて『光が死んだ夏』を連載中。
twitter @mokmok_len

『光が死んだ夏』 (既刊2巻)

定価 各704円(税込)
KADOKAWA
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SYO

映画ライター・編集者。映画、ドラマ、アニメからライフスタイルまで幅広く執筆。これまでインタビューした人物は300人以上。CINEMORE、装苑、映画.com、Real Sound、BRUTUSなどに寄稿。
twitter:@syocinema

2022.11.07(月)
文=SYO