──その頃の井上さんにとって、声優の何が魅力でしたか?
井上 作品の裏方だからです。当時は、自分そのままで表舞台に立つのは想像できなくて。でも歌は好きだったし、学校の放送でしゃべったり、声で何かしたりするのは好きだったのが結びついたのかな。
──当時の養成所はどんな感じだったでしょうか。
井上 今って、声優はものすごく人気の職業ですよね。当時は養成所のまわりのみんなからは競争心はあまり感じなかったです。でも私は2回も挫折してるし、親にも申し訳なくて「ここで死ぬ気でやらなくちゃ」って、もう必死。
私はぼーっとしてるし、物事が身につくのも人の3倍くらい遅いんですよ。だから、日課である「外郎売(ういろううり)」の滑舌練習も、高い声、低い声、普通の声、大声、それぞれのパターンでやったり、ない頭なりにがんばって考えて、練習も3倍やりました。
「普通の声」だからいい
──自分の声をどう捉えてました?
井上 普通の声ですね。特徴もないし、声量もない。今でもSiriやアレクサのような音声アシスタントに認識されない時がありますよ(笑)
声優になって最初に所属した江崎プロダクション(現:マウスプロモーション)の社長が「きっこは普通の声なのがいいね」とおっしゃってくださったんです。
──「普通の声なのがいい」?
井上 あの時は洋画の吹替が多くて、新人だと「兼ね役」といって、ひと言しかしゃべらないような役を、同一作品内で何種類も演るんですよ。特徴のない声だから使いやすいと言われたのが嬉しくて。この声で良かったと感じました。そうしているうちに、アニメでお母さんやお姉さんを演じる機会が増えていって。
──『らんま1/2』の天道かすみ役をはじめとして、世間的にはお母さん・お姉さん役の印象が強かったですよね。それは井上さんとしてはどうでした?
井上 役をもらえるだけでありがたかったし、メインじゃないのが心地よかったです。主役を獲りたいって気持ちが全然無かったんですよ。箸にも棒にもひっかからなかった自分がアフレコ現場にいるのがすでに奇跡だから。
2022.10.25(火)
文=川俣綾加