4冊出版されている杏の著書を読むと、その文章の巧みさと読書量の多さ、そして小澤征良と往復書簡を重ね、村上春樹が解説で杏との知られざる交友を語るという縁の広さに驚く。だが中でも心に残るのは、2010年に亡くなったノンフィクション作家・黒岩比佐子との交流を綴った「出会えなかった出会い」(『杏のふむふむ』)だ。

 

 杏が黒岩の著書に新聞のエッセイでふれたことをきっかけに、2人は手書きの手紙を交換する交友を続け、やがて一度も顔を合わせることがないまま、ステージ4の癌で黒岩は入院し、生涯を閉じることになる。入院した黒岩に歌のデモテープを送ったこと、ミュージカル『ファントム』の公演中、楽屋で読んだ新聞記事で彼女の訃報を知ったことを綴る杏の文章は静かだが、多くの本を読んできた読者としての作家に対する愛と敬意にあふれている。

 家族と仕事の荒波に翻弄される人生を送ってきた杏という俳優がこれほど多くの本を読み、本を愛してきたことは、きっと彼女の表現者としての活動にも深く反映されているのだろう。

 放送中の月9ドラマ『競争の番人』もまた、新川帆立の小説を原作として作られたドラマだ。かつては恋愛ドラマの代名詞だった月9の枠で、警察でも医療でもなく公正取引委員会という題材が取り上げられることは珍しい。だがきっと、杏はこの原作小説を読んで出演を決めたのだろう。

 2019年、公正取引委員会が独立したタレントの処遇をめぐって大手芸能事務所を注意したことを日本中のニュース番組が大きく報道した。それは単に特定の芸能事務所だけの問題ではなく、日本のメディア全体に投げかけられた「公正さ」への問いかけだ。出演に値する作品にしか出ない。今の杏はそうした姿勢にも見える。

フランス移住の発表に対する、父の反応

 渡辺謙との動画の中で、杏はフランスへの移住を発表した。あるいは日本から離れる発表をするにあたって、父親と共演をしておくという意味もあったのかもしれない。

2022.09.20(火)
文=CDB