誰しも食べていくために、仕事をしなければならないから
よしながさんのマンガの中にも、仕事というテーマが必ずと言っていいほど顔を出す。男女逆転の設定を導入したSF時代劇『大奥』では、女性が働き女性がトップに立つことが普通となっている社会を描き、現代を逆照射した。料理マンガとして知られる『きのう何食べた?』は、弁護士と美容師というゲイカップルの日常をそれぞれの仕事風景も交えて表現している。『西洋骨董洋菓子店』は「その仕事を好きじゃないのに好きな人じゃないと務まらないような仕事をしている」(本人談)、洋菓子店で働く男性たちが織りなす群像劇だ。
「登場人物たちにはできるだけ社会との繋がりを持っていてほしいんです。少女マンガやBLは恋愛関係を描くことが主軸とされていますが、食べていくためには仕事をしなければいけないし、親や家族との問題もあって、人生のすべてを恋愛が占めているわけではないですよね」
恋愛が相対化されることで、異性であれ同性であれ「名前のつかない関係性」にフォーカスを当てることになり、独自の作風を獲得していった。
「今回の本のために振り返ってみて思ったのは、私はボーイズラブの作品でも恋愛に関してはあまり描けていなかったんだな、と。『大奥』くらい世界をまるごと歪ませなければ、ちゃんとした恋愛を描くことは無理でした(笑)。ただ『大奥』の場合も、当初は男たちによる将軍の寵愛を巡るいがみ合い、みたいなことをもっと描くのかなと思っていたんです。連載を進めていったら、役割を与えられて、何事かを自分の力で成し遂げようとする人たちの姿を描くことの方が多かった。私にしては珍しい恋愛ものでもありつつ、役割が人をつくるという話、仕事についての話だったのかなと思っています」
恋愛を描かない理由は何か。
「それはひとえに私自身が、恋愛で人生を動かされたような経験をしてこなかったからだと思います。全部終わってから“あの人たち付き合ってたの?”と知るくらい、人の恋バナも全く感知しないタイプの人間だったので(笑)。恋愛ものを読むぶんにはキュンキュンするし大好きなんですが、それを自分で描くとなると、キュンキュンしたい気持ちだけではダメなんですよね。私は、自分が普段考えていることをマンガにしています。人生の中で恋愛について深く考えた時間が圧倒的に少ないので、描くのはなかなか難しいんです」
『大奥』よしながふみ
江戸幕府将軍・徳川家光の時代に、若い男子のみを襲う疫病が蔓延し、男子の数が激減した。男女の社会的役割が逆転し、女が働き女が将軍となる時代に突入。大奥は女人禁制、男性によって構成される場所となった。大奥の隆盛を軸に、歴史上の登場人物たちを改変しながら、幕政の終焉までを描き切ったSF時代劇。
白泉社 737~759円 全19巻
2022.11.06(日)
Text=Daisuke Yoshida
Photographs=Tomosuke Imai