女子高生と現代国語の先生との禁じられた恋の思い出?

伊藤 2番まで聴くと、これが未完成な愛の歌なんだとわかるんです。それはそれで、曲全体の落としどころとしてはストンと腑に落ちるんですが、やっぱり聴きどころはサビで「冷たいはさみ 背中に当てれば あの日と同じトリハダ」。普通、鋏を背中に当てようと思う人はいないし、当てたいとも思わないですよね?

山口 はい。もちろん(笑)。

伊藤 では、どうして、この詞中の女の子は背中に鋏を当てたのか? 想像してみたんですけど、きっと「あの日、あなたと感じたこと」をまたフラッシュバックしたくて、背中に鋏を当てたんだと思うんです。その体験がなんだったかはわかりませんが、彼女にとっては今まで想像もしえなかったこと、よほどアブノーマルでスリリングなことだったんじゃないかな。

山口 なるほど。一人称で感覚的な歌詞なのですが、パッションだけで書いているのではなく、客観的な構造を持ったクリエイターのような印象を持ちました。自分が何を伝えたいか把握している。一見、私小説的に見えるけれど、よい意味での“計算”ができている気がしますね。日常にある“はさみ”から、こういう組み立ての歌詞ができるのは逸材ですね。

伊藤 この歌を何度も聴いていると、少しずつ絵が見えてくるんですよ。素朴でどこにでもいる高2の女子が、現国の先生に恋をする。毎日、先生のことを目で追っているうちに先生も彼女の気持ちに気づき、お互いに意識するようになる。そして、一度だけその気持ちを重ねてしまう。ただ、そんなことなんじゃないでしょうか。彼女にとってはアブノーマルでスリリングな体験だったけど、実は誰もが大人になる過程で経験すること。「初恋」とか「初体験」とか、けっしてそんなに特別なことじゃない。ただ、彼女の感性では「はさみを背中に当てる」という行動だけが、その体験とリンクできたんじゃないかと。

山口 出た! 作詞アナリストの妄想的分析シリーズだ! (笑)この歌は“女子高生と現代国語の先生との禁じられた恋の思い出”ですか? たしかに、そんな雰囲気は感じられます。

口コミを媒体にじわじわとヒットする可能性を感じる

伊藤 共働きの親が帰ってくる前の、夕日がうっすら残る夜のはじめ頃、築17年のマンションのリビングで女子高生が背中に鋏を当ててる姿は何とも異様な風景だけど、なんとなく非公開な世界ではリアルでもあるんですよ。誰にも言えない秘密、大人に対する反抗心、自分自身に抱くもどかしさ、そんなものを声に出さずに体現したんじゃないかな。そして「愛」さえあれば全てが救われる、という期待が込められているようにも感じました。

山口 ドラマのような映像が浮かんできました。ジャケット写真の女の子の表情ともつながりますね。

伊藤 最初のバンドの印象は“怨歌バンド”か“新宿系”と言いましたが、「はさみ」を聴いてその印象は変わりました。サウンドもアートワークも洗練されているので、都会的で大人の世界観を感じるんですが、この歌と詞から感じたことは違いました。無垢な少女が大人になっていく、そんな誰もが通る過程をちょっと独特な言葉で表現している。だから、何度も聴いていくうちに、鋏という重く冷たいものが透明感を帯びてきて、中高生の心の中にさえ自然にスッと入りこんでくる。そんなポテンシャルをもった歌だと思うなぁ。こういう曲は、有線やラジオで何度も何度も流されることで、口コミという媒介を経て、じわじわとヒットしていくチャンスは十分にありますよ。

山口 アーティストに本質的な強さが感じられる上に、ライバルが見当たらず、“ポジションが空いている”印象もあるので、意外に早く全国区になっていくかもしれませんね。どんなライブをやるのかな? ステージパフォーマンスを観てみたいです。

黒木渚「はさみ」
ラストラム・ミュージックエンタテインメント 10月16日発売
\1260
■黒木渚は、2012年12月にインディーズからデビューした3ピースバンド。メンバーは、作詞・作曲を手がけるボーカル&ギターの黒木渚、ベースのサトシ、ドラムスの本川賢治。2枚目となるシングル「はさみ」では、Dr.StrangeLoveの根岸孝旨をプロデューサーに迎えた。サポートギタリストとしてThe Birthdayの藤井謙二が参加している点にも注目したい。
■「はさみ」作詞・作曲/黒木 渚 編曲/黒木渚
オフィシャルサイトURL www.kurokinagisa.jp

【動画サイト】
「はさみ」

URL www.youtube.com/watch?v=2Vu6c3lrrIw

山口哲一 (やまぐち のりかず)
音楽プロデューサー、コンテンツビジネス・エバンジェリスト。(株)バグ・コーポレーション代表取締役、「デジタルコンテンツ白書」(経産省監修)編集委員。プロデュースのテーマに、ソーシャルメディア活用、グローバルな視点、異業種コラボレーションを掲げて、音楽とITに関する実践的な研究を行っている。著書に『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ダイヤモンド社)、『ソーシャル時代に音楽を“売る”7つの戦略』『プロ直伝! 職業作曲家への道』(リットーミュージック)がある。最新刊は『世界を変える80年代生まれの起業家 ~起業という選択~』(スペースシャワーネットワーク)。詳細プロフィールはこちら
Twitter@yamabug twitter.com/yamabug
ブログ「いまだタイトル決めれず」 yamabug.blogspot.jp
作曲家育成セミナー「山口ゼミ」 www.tcpl.jp/openschool/yamaguchi.html
WEDGE Infinity連載「ビジネスパーソンのためのエンタメ業界入門」 wedge.ismedia.jp/category/entertainment

伊藤涼 (いとう りょう)
音楽プロデューサー、ソングライター。ジャニーズ・エンタテイメントで『青春アミーゴ』などのミリオンセラーをプロデュース、後にフリーランスに。ソングライターとして、乃木坂46『走れ!Bicycle』、AKB48『ここにいたこと』などの作品がある。作詞アナリスト、フードミュージックプロデューサーとしても活躍。論理的で明晰な分析力に注目。
マゴノダイマデ・プロダクション www.mago-dai.com
ブログ「伊藤涼の音楽」 ameblo.jp/magodai
伊藤涼が主宰する作詞研究室リリック・ラボ www.mago-dai.com/?p=398

Column

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2013.09.27(金)