――次の内密出産事例が出た場合、女性の代弁機能はどうしますか。
大西市長 事前に相談できる「妊娠葛藤相談所」の設置を国に提案した。ガイドラインができるまでは児相が両方を担うことになります。
慈恵病院がつきっきりで話を聞いても翻意しなかった女性の意志
大西市長は、いつかは事例が発生すると想定し、準備をしてきたという。そして「実際に起きてしまった事例で母子の福祉を考えて最善の手を尽くすために社会調査は必要だった」との立場を崩さなかった。さらに、特別養子縁組の手続きに進む際に、家庭裁判所による産んだ女性の意志確認が必要になるため、女性の身元調査を一切しないことで生じる壁についても触れた。
市長は「社会調査は身バレするものでは決してない。もう少し行政を信頼してもらいたい」と強調したが、社会調査を行うことは女性には伝えられたのだろうか。
女性は児相にメールアドレスを教えることを拒み、現在、児相が女性に連絡をとるには慈恵病院の蓮田真琴・新生児相談室長を経由しなくてはならないという。
蓮田真琴氏は出産から退院まで女性につきっきりで話を聞き、女性の生育歴や家族との緊張関係、現在の生活の困難、赤ちゃんへの思いなどを仔細に聞き取っている。女性に対しては自分で育てる場合の社会資源についてもさまざまな提案をしたが、女性は翻意しなかったという。女性の「特別養子縁組で大切に育ててくれる第三者に託したい」という意志は固かったと蓮田真琴氏は話している。
現在も信頼関係が継続している病院職員の説得にさえ翻意しなかった女性を社会調査で自分で育てられる支援につなげるというプランは、現実離れしてはいないだろうか。
誰にも知られたくない情報を第三者が知っているということ
出産を知られたくない女性の状況を自治体が把握しようという方針は、内密出産とは明らかに異質のものだ。
誰にも知られたくないと強く希望して産んだ女性の情報を第三者が知っているということが、法律やガイドラインがないからと言って、法治国家で本当に許されるのか。女性の側に立てば、情報に行き着かなかったとしても探されているという事実は恐怖でしかないだろう。
熊本市の対応に詳しい関係者は「社会調査の壁は考えるまでもなくわかっていたこと」と、事前に問題点の検討が十分でなかったのではないかと指摘した。
取材の最後に、大西市長は今回のケースが「内密出産に当てはまる」との認識を示したが、熊本市が向き合った一例めの内密出産は極めて困難な船出となった。
2022.07.02(土)
文=三宅玲子