書かれなかった無数の物語たち
家電に詳しい友達に強く勧められ、自分のクローンを買うことにした。
既に持っている友達によると、「だいたいルンバと同じくらいの便利さ」とのことだった。
――「書かなかった小説」は自分のクローン4体と共同生活する夏子の物語です。夏子は自分を夏子Aとし、クローンたちを夏子B、C、D、Eと呼ぶことにしますが、性愛や力関係の変化など、予想を裏切る展開でした。
村田 これは「文學界」の企画を通して書いた小説を加筆したものです。この企画では、私と朝吹真理子さんの記憶をテーマに、デザイナーの藤澤ゆきさんが一着ずつドレスを作ってくださったんです。
ゆきさんとお話しする中で、子どものころに書いた小説のことを思い出しました。小学校の頃に全員同じ顔だけど、髪型や服装が違うという五つ子の姉妹のお話を書いたことがあるんですね。それぞれ、さやか、さやみ、さやえ、さやる、さやこ、と名前を付けて。それが多分初めてラストまで書いた小説だったんです。大人になっても、あの子たちどうしてるかな、と想像することがありました。「書かなかった小説」はこの子供の頃の小説を土台にして新たに書いたものです。
――タイトルはどうして「書かなかった小説」になったのでしょう。
村田 ゆきさんは、この「書かなかった小説」だけでなく、ほかの未完の小説の断片もモチーフにして他の記憶とたくさん重ねてドレスを仕立ててくれました。私が物語やマンガを書き始めたのは小学4年生か5年生くらいのころだと記憶していますが、その頃のノートの端に残っている謎のマンガなんかも、企画の中でいろいろ見つかって。また最後まで書かれなかった小説がいっぱいあるんですよね。この小説の裏には、土台になった五つ子の小説だけでなく、それまでの無数の書かれなかった物語のイメージがあります。
最後は自由に書くことになる
マツカタは「ゲージュ」と呟いた。
「『ヒュポーポロラヒュン』ハ ニンゲン語ノ『ゲージュ』ニ ヨクニテイマス。」
2022.06.17(金)
文=竹花帯子
撮影=佐藤 亘/文藝春秋