ラブコメのフォーマットで“ラブではない”コメディをつくる

――「男と女が同じ家にいてなんもないとか普通無い」というカズくんのセリフもありましたが、本作の「ひとつ屋根の下に男女を入れる」設定はまさに典型的な異性愛ラブコメにあるモチーフ。その型を効果的に利用されていたと思います。設定は最初から決めていましたか?

 最初は「アンチラブコメ」というか、ラブコメディによくある「あるある」に異論を唱えられたらいいなと思っていました。そこに重きを置くことはやめたのですが、内容については、同棲、両親にあいさつ、昔の恋人の登場、パートナーのケガ、結婚、妊娠……という、ラブコメにある要素を全部通してやろうと決めていました。みんなが知っている「恋愛」を事象として可視化しないことには、「恋愛しない」ことは描けない。だからフォーマットとしては恋愛ドラマなのですが、それに対して別の視点で答えを出していこうというのが今回のお話です。

――現実の恋愛史上主義へのアンチテーゼだけではなく、ラブコメの異常性への指摘も考えていたんですね。

 ちょっと前の流行りって、1話で壁ドン! みたいな展開も多かったですよね。私もそれはそれで好きだったのですが、そのあたりも時代とともに変わっていくのかなと思います。

「じわーっ」とした関係性の過程を描きたい

――「恋せぬふたり」は、それ以前と以降で恋愛作品に対する見方が変わるほど、世の中に一石を投じた作品になったと思います。吉田さんはこれまでラブコメを多く手掛けてこられましたが、ご自身が「恋せぬふたり」で恋愛しない価値観を描いたことは、今後の作品づくりにどんな影響を与えると思いますか?

 今は人間関係を丁寧に描きたいと思っています。たとえば恋をするならするで、どういう二人がいて、どういう人間関係を結んだから恋愛に発展したんだというところを丁寧に。

――「恋せぬふたり」を通しても感じましたが、吉田さんは恋愛という事象よりも、関係性を描くことに興味が向いているのかなと思いました。

 今は「じわーっ」とした関係性の過程に興味があります。私が「この二人なんかいいなぁ……」と思う部分って、そこなんですよね。たとえば先に挙げた「壁ドン」のように、ラブコメにおいてはドラマチックなハプニングやアクシデントが不可欠だと思うし求められてきたことだと思います。

 でもラブストーリーの本質は、展開のインパクトや派手さよりも、彼と彼女、彼と彼、彼女と彼女……がお互いにちょっとしたことをきっかけに次第に「じわーっ」と好きになっていく関係性の過程なのかなと今は思っています。自分が書きたいテンポとのせめぎ合いにもなりそうですが、ラブコメの面白さと自分のやりたいことを融合させて、次は「じわーっ」をちゃんと見せていきたいです。

――鑑賞者の心も「じわーっ」と温まるような作品になりそうですね。では最後に、これから日本の恋愛ドラマがどう変化していくことを期待しますか?

 アカデミー賞における作品賞の新基準で、作品のキャスティングや製作スタッフなどに、人種/民族的少数派や女性、LGBTQ+などのセクシュアルマイノリティ、障がい者など、出演や雇用の機会が限られていた人たちを起用する、というものがありますよね。私自身はそれはすごく正しいことだと思っています。そのルールがそのうちナンセンスだと言われるときはくるかもしれませんが、今は過渡期で、それは必要なことだと思います。

 出演者やスタッフの話もそうですが、役としてもマイノリティがもっと当たり前に作品の中に登場する必要性を感じています。日本のエンタメはまだまだ多様性に欠けていると思います。少し前までは私も「それって視聴者が観たいものなの?」ということを現場でよく言われていたのですが、それも徐々に変わってきている気がします。なので、私はそこをがんばろうかなと思っています。

吉田恵里香

脚本家・作家。代表作にドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」、「花のち晴れ~花男 Next Season~」がある。小説『脳漿炸裂ガール』シリーズなど、ドラマ、小説、アニメなどジャンルと問わず多岐に渡り活躍中。

恋せぬふたり

定価 1,760円(税込)
NHK出版
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2022.05.20(金)
文=綿貫大介
撮影=今井知佑