みんながまんべんなく割りを食ってる社会からの脱却

――森美術館の展示では、出産を機に構想された新作サウンド・インスタレーションのほか、子どもが泣くことをみんなで許容する託児所を開設するアート・プロジェクト《くらいんぐみゅーじあむ》もありました。出産や育児もご自身のアートとして昇華されてますね。

 メンバーもそうですが、今まで子どもと関わる機会があまりなかったんです。今は子どもを育てるなかで、社会が全然子どもと噛み合ってないということを実感しています。今では周りで子育てしている友人も多いのですが、結構大変なんですよね、子どもを連れてどこかに行くのは。

 でもこうやって今私たちが生きているということは、それまでみんなのご両親など大人が苦労しながらやってきてくれていたから。ずっと誰か個人が犠牲となってきているのですが、もっと社会とも一体化すべきじゃないかと思うんです。

――《くらいんぐみゅーじあむ》があることで、子育て世代は行動が制限されているということを改めて意識しました。赤ちゃん・子ども連れで行きにくい場所、歓迎されていない場所がたくさんあるということは、社会の構造上に何か問題があるということですよね。

 《くらいんぐみゅーじあむ》をつくるにあたり、美術館に行くのはハードルが高いという思いをしている人がいるということは考えました。ケアしている周りの人は、なかなか美術館に行くという発想にもなれない人も多い。私も出産後は一年間体調が良くなくてつらかったんです。

 大荷物でベビーカーで電車に乗るなんてもってのほか。そうなるとどんどん考えが萎縮してきちゃって、美術館に行くなんて考えられない、ありえないという気持ちにもなる。そういう人たちがどうしたら美術館に来やすくなるか、そのためにどんなサポートができるのかを最近は考えています。

――美術館に行くハードルは、アートへの興味だけでなく、物理的な問題もありますもんね。

 特に美術館で求められる「お静かに」という雰囲気は行動の自粛を促しているように思います。すぐ注意してくるじゃないですか。行きにくいですよね。

――監視社会になりつつあるとよく言われますが、街の人たちが何をするにも勝手に自粛を求めてくるようなムードはありますよね。日本だと特に何事においても「出る杭は打たれる」という話がありますし。

 それはみんながまんべんなく割りを食ってるからなんですよね。他人の行いが目について叩く人って、自分の人生に満足できていないという人が多い気がします。だから人の行動に目が行くし、ひがんでしまう。でもそういう人たちがいる社会は、健全じゃない。自由な気持ちでは暮らせていないし、本来の自分を取り戻せていない人たちを救える社会になっていないということ自体、問題なんだと思います。

――健全ではない社会をアートが変えていくことはあるんでしょうか。

 どうでしょう。ただ、今まであまり作品のメッセージから社会が変わっていったらいいなと思ったことはなかったんですけど、《くらいんぐみゅーじあむ》に関しては思います。この取組自体が当たり前に広がってきたら、それはひとつの世の中が変わったということですから。

エリイ

2005年に東京で結成されたアジアを代表するアーティストコレクティブ、卯城竜太・林靖高・岡田将孝・稲岡求・水野俊紀とともに構成されたChim↑Pomのメンバー。時代のリアルを追究し、現代社会に全力で介入したクリティカルな作品を次々と発表。現在、森美術館で「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」を開催中。

『はい、こんにちは―Chim↑Pomエリイの生活と意見―』


定価 1980円(税込)
新潮社
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「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」

結成17年。日本で最もラディカルなアーティスト・コレクティブ、Chim↑Pom最大の回顧展。

会期:2022年2月18日(金)~5月29日(日)※会期中無休
会場:森美術館ほか
​開館時間:10:00~22:00(火曜日のみ17:00まで)
https://www.mori.art.museum/jp/

2022.03.18(金)
文=綿貫大介
写真=平松市聖