冷蔵庫の領地争いをする「台所の停戦」は、コロナ禍で家時間が増えた現在いっそう身につまされるし、「メダカと猫と密室」に登場する上司や同僚は味わいがあって忘れがたい。これまで出会ってきた主人公たちの原点を見るようでもあるのが最後の「イン・ザ・シティ」だ。14歳のキヨはふとしたことから仲良くなったアサに向けて、架空の国の地誌を書き綴る。受験や母親との軋轢など、ままならなさの絶頂にある思春期に、彼女たちが作ろうとする王国のかけがえのなさ。そのきらめきに、現代を生き抜くちからをもらった気がする。
つむらきくこ/1978年、大阪府生まれ。作家。2009年、「ポトスライムの舟」で芥川賞、13年、「給水塔と亀」で川端康成文学賞、17年、『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、20年、「給水塔と亀」でPEN/ロバート・J・ダウ新人作家短編小説賞受賞。
たにざきゆい/1978年福井県生まれ。作家、近畿大学文芸学部准教授。著書に『鏡のなかのアジア』『藁の王』など。
2022.02.10(木)
文=谷崎 由依