魅力的な老舗がまだまだたくさんある神田の街

 「ぼたん」で艶やかな時間を過ごした後は、腹ごなしの散策です。この辺りは打ってつけのロケーション。だって東京都選定歴史的建造物は目と鼻の先ですから。

 「神田まつや」の木造建築は、神田須田町の東京都選定歴史的建造物の中で最も古く大正14年に建てられたもの。作家の池波正太郎さんにも愛された蕎麦は、いまも行列ができるほどの人気を博しています。東京人は、江戸っ子の時代から蕎麦が好物です。

 「いせ源」は4店の中ではいちばんの老舗。創業は徳川十一代将軍の家斉の時代と聞けば、まるで歴史の教科書のよう。始まりは天保元年で、西暦で言うと1830年。どじょう屋として営業を始めた後、大正時代からあんこう鍋専門店となったそうで、現在の店舗は関東大震災の後、昭和5年に建て直した新しいもの(と言っても90年を超えています)。

 甘味処の「竹むら」は、鳥すきやきをたらふく食べた後でも立ち寄ることができるかもしれません。甘味は別腹ですから。とは言え、池田さんは「さすがにもう入りません」と笑います。昭和5年の創業。同じ年に建てられた店舗と、同じ年月の歴史をこの地で刻んできました。昨今はアニメ『ラブライブ!』の主人公である高坂穂乃果さんの実家のモデルと言われ、幅広い客層が訪れるようになって、新たな賑わいを見せています。

 「ぼたん」で食事をし、近所を散歩しながら、池田さんは東京という都市の懐の深さを感じたようです。

 「普段は新しいお店に目がいきがちですが、歴史と伝統のある老舗の底力を体験できたことで、改めて東京は食の都なんだなって思いました」

 江戸前の寿司や天ぷらを屋台で気軽に楽しんでいた江戸の頃から、蕎麦の食べ方に一家言あった江戸っ子は食通でした。西洋の食文化が入ってきても柔軟に受け入れ、ハイカラな料理を生み出していった食への好奇心は現代にも通じています。それは、東京という都市のDNAなのかもしれません。

 神田須田町に残る古き佳き東京は、文明開化で花開いた当時の食の最先端だったはず。「ぼたん」を称して、池田さんが「古くて新しい」と漏らした感想は、時間的な古さと普遍的な新しさが共存しているからこそ実感できるもの。ここに足を運んで食事をすれば、きっと誰もが温故知新を感じることでしょう。

 最後に「ぼたん」の店名の由来について。

1 ぼたん鍋のぼたん
2 洋服のボタン
3 花の牡丹

 みなさん、どれが正解だと思いますか?

 答えは2。

 「ぼたん」の初代は、秋葉原界隈の羅紗屋(洋服の生地の卸問屋)でボタン部に勤務した後、転身して鳥すきやきの店を開いたとのこと。そう聞いて、「ぼたん」に漂う華やかさと洒落た雰囲気に納得です。

 猪でも花でもなく、当時の流行の最先端だった洋服に由来する「ボタン」から命名された「ぼたん」には東京の粋が息づいているのです。

鳥すきやき ぼたん

所在地 東京都千代田区神田須田町1-15
電話番号 03-3251-0577
営業時間 11:30~21:00
定休日 日曜・祝日
https://www.sukiyaki-botan.co.jp/
Instagram @sukiyaki_botan

2022.01.13(木)
文=花井直治郎
撮影=鈴木七絵