さらけ出すことに躊躇は無かった

――まっすぐなメッセージが込められたSUPER BEAVERの曲の説得力が、この小説によってさらに増すと思ったのですが、第六章の一度目の“メジャー期”には悲痛な描写もあって。ここまで赤裸々に書くことへの躊躇はなかったのでしょうか?

 躊躇はなくなってきましたね。ようやくですけど。

 初めてメジャーに行って、2年足らずで落っこちてからいろんなことを考えましたけど、メジャーに対して露骨に「アンチだ」とは言ってこなかったんですよね。ああなった背景には、自分たちの弱さにも原因があると思っていて。ちゃんと経験があったら、もっとレーベルのスタッフとディスカッションできただろうし。

 だからあの時期を消化するには時間がかかりました。でも今は頼れる仲間がたくさんできたり、自分たちの音楽に触れてくださる方が増えてきたりしたので、折り合いがついた感じがあるんです。メジャーから一度落っこちてからもう10年なんで。

 当時は何も知らなかったけど、そこから自分たちでレーベルを作ったり、4人だけでツアーを回ったり、要は自分たちだけで生きていくことに向き合わなければいけなかった。僕はそのタイミングで実家を出てひとり暮らしとアルバイトを始めたんですが、初めて生きていくって大変なんだなと思ったし、お金ってないものなんだって思いました(笑)。まともに洗濯機を回すこともできなかったし。

 でも家事をひとつずつやっていくことで両親に対するありがたみを感じたり、普通に生きている人はこれを当たり前のようにしているのかということに気づけたりしたのは、自分にとって財産だと思ってます。そうやってこの10年の間に、自分たちだけで音楽をやることだけでなく、社会に出て大人になることも経験できたからこそ、ちゃんと人間として強くなれたと思っています。

――第一章が始まる前に、努力することと夢を叶えることについての短い文章を入れた理由はあったのでしょうか。

 ここ最近一番思うのが――「努力すればいつか夢は叶う」という言葉に勇気づけられていた時期もあったんですが、「それは嘘だな」って。自分より頑張っている人の報われなかった努力も見てきたし、「だったらなんであのバンドが解散しなきゃいけなかったんだろう」って思う出来事にも何度も直面してきて。俺たちは別に人生をうまく乗りこなせたわけじゃなく、しがみついてここまで来たバンドだから、まやかしの安心感や嘘は絶対に伝えちゃいけないと思っています。

 俺たちって感性とか感覚はかなり普通だと思うんですよね。そういう人間たちがバンドとして挑んで、いくらでもバンドを諦めるきっかけはあったのに、まだ続いていけている。その歩みはもっと生々しく伝えるべきかなって。

 闇雲に努力して報われないのって時間の浪費だなって、本気で思うんです。例えば俺が100mの世界記録を出したくて毎日走り込みしても、多分無理ですよね。今挙げた例は極端だけど、じゃあどこからが極端じゃなくなるのかっていうと、境界はめちゃくちゃ曖昧で。だから、自分にしかできない努力のベクトルがあるっていうことを認識しなきゃいけない。「叶わない夢があるからこそ、憧れる対象がキラキラして見える」っていうことをちゃんとわかっておいた方が良い、っていうところから始まるのがリアルなんじゃないかなって思ったんですよね。

 「諦めろ」って言ってるんじゃなくて理解した方がいい。そうしたら別のベクトルで動き始めて、そっちに行ってからの時間の方が尊かったりすることもあると思うんです。

――小説にまとめたことで、改めてSUPER BEAVERというバンドについて考えたことはありましたか?

 強く感じたのは、俺たちはどのバンドよりも人に恵まれているということですね。唯一と言っていいぐらいの武器ですね。それと、何かきっかけをつかんでエレベーターで一気に上にいく人たちがいる一方で、俺たちはゆっくり階段で上がっていって。自分たちもエレベーターに乗りたいと思ってるのに、幸か不幸かそれができなかった歩みっていうのは、自分たちにはぴったりだと思いました。

――渋谷さんは本を読むことがお好きなんですね。

 そうですね。知らない作家さんの文章に触れるっていうのはとても大事だなと思って、本屋さんに行くと6冊買うっていうことをやっています。3冊か4冊は知っている方の本を買って、他は知らない方の本を買うのを4年ぐらい前から始めました。

――一番好きな作品は?

 浅田次郎さんの『天切り松 闇がたり』っていう大正時代の泥棒を書いた話は、いたく痺れます。自分の人生のひとつのテーマとして“粋”っていうのがあって。情に厚くて粋な人がすごく好きなんです。両親や地元の友達とか、周りにそういう人が割と多くて、「そういう風になりたいな」とずっと思っているんですが、全く追いつける気がしなくて。この作品に出てくる人たちは泥棒なんですけど、本当に粋で「全員かっけー!」みたいな感じなんです。この本を読んでいる間ずっと「こうなりたい」って思っていますね。

2021.11.27(土)
文=小松香里
写真=鈴木七絵
ヘアメイク=madoka