1968年から本格的に作詞を始め、これまでに手掛けた楽曲の総売り上げ枚数は5000万枚以上と、日本の音楽界に大きな影響を与え続けてきた松本隆氏。そんな稀代の作詞家は歌詞制作において使わないよう心がけている言葉があるという。
ここでは、ライター、編集者、翻訳者として活動する藤田久美子氏の著書『松本隆のことばの力』(集英社インターナショナル)の一部を抜粋。これまでに松本氏が手掛けてきた楽曲を例に挙げながら、“松本隆のことば”の奥深い世界を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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コツは捨てたが、決めていることはいくつかある
歌謡曲の作詞をするようになって、難しい比喩をやめることにした。ある一定の教養がないと理解できないのではつまらないと感じたからだ。そこにはビートルズの影響が強くあると思う。彼らが革新的だった点は、双方向なムーブメントを起こしたというところに尽きる。
芸術において最もエキサイティングなのは、大衆からのパワーを受け取ってまた投げ返す、そのやり取りだ。知識がないとわからない現代詩のようなことばは邪魔になる。難しい比喩表現を使わずに人を感動させることができたなら、はっぴいえんどとは違うステージを手に入れられると思った。
難解なことばは使わないようにしたが、テーマは変わっていない。その時代の人たちが見失っているもの、今足りないものを書きたいと思っている。
別の言い方をすれば、日常のひび割れがいちばん大事だということだ。ひび割れの向こうに何かが見える。ユートピアが見えたり、ディストピアが見えたり。天国も地獄もある。何が見えるかわからないけれど、そのひび割れが詞だし、ロックだと思う。スネアの音が詞なのだ。ぼくが叩くとはっぴいえんどで、林立夫が叩くとティン・パン・アレー、高橋幸宏が叩けばYMO。全部細野さんの音なのに。
女性アイドルの歌詞でも根っこは同じで、語尾が少し違うくらいだ。直截的なことばを使わずにディティールを積み上げて感情を表現することは意識している。
2021.11.20(土)
文=藤田久美子