工業用品でありながら美しさと緻密さで人の心を奪う、お菓子の缶。

 暮らしのいちばん身近にある芸術品ともいえる「お菓子缶」ひとつひとつが持つ歴史とストーリーを深掘りしているのが、“缶マニア”中田ぷう氏だ。ここでは同氏によるお菓子缶偏愛カタログ『素晴らしきお菓子缶の世界』(光文社)の一部を抜粋。全国各地の厳選お菓子缶を写真とともに紹介する。

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【全国各地から厳選した「お菓子缶」を写真で見る】

《北海道》日食オーツ

 日食=日本食品製造合資会社は1918年創業。北海道にある、日本で初めてオートミールを製造し、かつ現在も国産オートミールを製造している唯一の会社だ。

 なぜシルクハットをかぶったイギリス紳士がプリントされているのか? 多くの人が不思議に思うだろう。これは創設者である戸部佶(ただし)氏が食品加工研究のため英国に滞在した際、イギリス人のシルクハットにステッキ姿が印象に残ったこと、そして彼らを見て紳士たる者の思考、行動、振る舞いに感銘を受け、帰国後、この紳士の姿を商標とすることで今後の会社のあるべき姿を見出そうとしたためだという。

 創業時からあったのは紺と赤で構成された「日食ロールドオーツ」の缶(写真・右)。今見ても洒落ているこのデザインは創業時よりほぼ変わっていない。この缶のデザインを手がけたのも戸部氏だった(イラストは不明)。

 基調色である赤と紺は北海道の旗の色を採用し、さらには北海道の“地図”をパッケージに用い、都市の位置と本社がある琴似村を示した。なぜここまで“北海道”を詰め込んだのか? 創業当時、国内でオートミールという食べ物を知る消費者はおらず、多くの製品は国内に住む外国人や旧イギリス領であった香港、シンガポール、中国の一部に輸出されていた。そのため外国人に北海道が日本のどこに位置しているか理解してもらうため、このようなデザインになったという。

 戦後、販売となった「日食オーツ オートミール」(写真・左)はデザインを一新。紺と赤から新しい時代の明るさをイメージした青(シアン)が用いられた。

2021.11.07(日)
文=中田 ぷう