#231 Futami Ura
二見浦(三重県)

八百万の神々の中心にいる天照大御神(あまてらすおおみかみ)をまつり、全国の神社の中心と仰がれる伊勢神宮。
江戸時代には“お伊勢まいり(お蔭まいり)”が大流行し、「伊勢に行きたい、伊勢路が見たい、せめて一生に一度でも」(伊勢音頭)とまで、うたわれたほど。
そしてこの混迷の時代、お伊勢まいりの人気がふたたび上がっているそうです。

伊勢神宮は、内宮と外宮を中心に125社があり、東京・世田谷区とほぼ同じ5,500ヘクタールもの広さを誇ります。天照大御神にここに鎮座していただこうと、内宮の創建の地を決めたのは倭姫命(やまとひめのみこと)。弥生時代の紀元前4年のことでした。

倭姫命は、現在の伊勢神宮の地にたどりつくまでに近江や美濃など、各地をめぐりました。この旅は“倭姫命の巡行”と呼ばれています。
ふさわしい地を探して、二見浦に船を着けた倭姫命。名勝地ゆえ、その美しさに思わず二度振り返り、ご覧になったことから「二見」と呼ばれるようになったそうです。

二見浦は、大小の岩が仲良く並ぶ「夫婦岩」で知られています。大きい「男岩」は高さ9メートル、寄り添う「女岩」は高さ4メートル。2つの岩には大注連縄がかけられています。
夫婦岩の沖合、約700メートルの海底には、猿田彦大神ゆかりの御霊石「興玉神石」が鎮まっているそうです。そしてここは常世から最初の波が打ち寄せる聖なる浜と、信じられていました。夫婦岩にかけられた注連縄は、神の世と俗世を分かつ、鳥居の役割もあるそうです。
二見浦のハイライトは5~7月の朝、訪れます。夫婦岩の間から、朝日が顔を出すのです。それがちょうど富士山の方角にあたり、夏至の約1週間は富士山の背後から昇る朝日が見られるとか。この現象を“ダイヤモンド富士”と呼びます。ご利益、ありそう! でも、わたしは眠気に勝てませんでしたが……。
夫婦岩が位置するのは、“おきたま様”と地元の人から親しみを込めて呼ばれる二見興玉神社。万事を最善の方向に導いてくれるという猿田彦大神を、御祭神にまつっています。


2021.09.25(土)
文・撮影=古関千恵子