もはやWヒロイン? 神野マリアンナ莉子の存在感
東京編でもっとも重要なキャストといっていいのが、今田美桜演じる神野マリアンナ莉子。朝岡が気象キャスターを務める朝の報道番組の中継コーナーを担当していた若手気象予報士で、朝岡の後任で気象キャスターに成り上がった野心家です。
華やかな風貌も相まって、これが学園ドラマだったらヒロインのライバル役としてちょっと嫌味な役柄になりそうなのですが、そんなこと一切なし! 天真爛漫に言いたいことをはっきり言う、負けず嫌いの神野さんは、実は往年の朝ドラヒロインにいそうな性格をしています。
嫉妬もちゃんとぶつける、人間味があるところがいいんですよね。感情表現が苦手な今作のヒロイン・モネと対照的な存在になっているのもグッド! それ故に2人はお互いのキャラクターを輝かせ合っている名コンビなのです。
近年の朝ドラでは「あまちゃん」の天野アキ(のん)と足立ユイ(橋本愛)の潮騒のメモリーズコンビ、「花子とアン」の安東はな(吉高由里子)と葉山蓮子(仲間由紀恵)の腹心の友コンビ、「あさが来た」の今井あさ(波瑠)と今井はつ(宮﨑あおい)という姉妹コンビといったような、対照的な女性2人のシスターフッドが垣間見えるWヒロイン構成の作品も目立ちます。
今作の神野さんも、もはやモネとWヒロインだと言ってあげていいような存在感だと思います。なぜなら、本来、朝ドラではヒロインがするであろう「挫折」経験をするのはモネではなく神野さんなのです。
第15週で、神野さんが気象キャスターに、モネが中継キャスターにデビューします。リハーサルは完璧、朝岡に太鼓判を押されていた神野さんは、いざ本番で失敗。逆にリハーサルがボロボロだったモネは本番を完璧に成し遂げます。
第17週で神野さんは、キャスターとして自身が番組に出演する時間から、急に視聴率が下がっていることに思い悩みます。いろいろと努力しようと奮闘するのですが、自分には説得力がない、視聴者から信用できないと思われていると苦しみます。それを受けて、前任キャスター・朝岡は、気象予報士の内田を新たなキャスターに推薦したのです。
「私には何もない。本当にハッピーに生きてきちゃったからな。そこそこチヤホヤされてきたし」とこれまでの人生を回顧する神野さんは、この自分のポジションが揺らぐという挫折を経験します。もちろん、ハッピーに生きてきたことがマイナスになるなんてことはありません。それは素晴らしいことです。
思い返せば以前、モネの母親・亜哉子(鈴木京香)が、「正しくて明るくてポジティブで前向きであることが魅力にならない世界なんてくそです! 影が魅力だとか不幸が色気だとかそういう安っぽい価値観で汚さないでください」というパンチラインを繰り出す名回想シーンがありました。
今の時代、誰もが傷ついていることをアピールしてきます。そして同情することが美徳のようになっているように感じます。でも、それっておかしくないですか? 誰もが傷つく必要なんてないんです。神野さんが神野さんらしく、キラキラ生きてきたそのままの魅力を失わずに名キャスターになっている未来が普通にあっていいんです。
モネが神野さんに言ってあげた「神野さんに足りないものなんかないと私は思います」「もしあるなら見つけましょう」「で、身に着けてちゃえばいいんです」はまさにその通りで、大事なのは分析と対策です。神野さんはそうして成長を遂げていきます。
つらく苦しい経験をした人こそ、大きく成長できるってなんなんでしょうか。精神的に強くなる、なんて言われたりしますが、誰しもがわざわざつらい経験や挫折をする必要はないのです。モネは、被災経験というつらい過去は持っていますが、仕事や恋愛で大きな失敗や挫折をしていません。
この朝ドラのすごいところは、今までヒロインが1人で背負っていた人生の苦労や挫折といったつらく苦しい思いを、をいろんな人に振り分けて分散して見せくれているところ。ドラマの主人公だけでなく、世の中の誰しも大なり小なりつらいと思うことはあります。生きていて、何もなかった人なんていません。それにそのつらさや苦労は誰かと比べるものではありません。経験しなくていいことはしなくていいし、そうやって生きていけるのが一番いいですよね(前作「おちょやん」ヒロイン・竹井千代(杉咲花)の人生が壮絶すぎたので余計にそう思います……)。そして、つらい思いをしている人が今もどこかにいるということは、知っていないといけないし、時々思い出さないといけないことでもあります。
モネはいろんな人と出会い、ケアやサポートをすることで、成長していきます。自身の経験だけがすべてではなく、他人の経験をどう受け止めるか、どう思いを巡らせることができるのかということも、人生の糧になるのです。
震災の日、地元にいなかったモネ。“被災者”と一括りにされることもあるけど、実際にはそれぞれ違う経験をしています。それに震災などの災害では、当事者か否かで壁ができてしまうことが多い。でも、大切なのは経験ではなく、想像力なのだと、「おかえりモネ」を見ていると度々思えます。
2021.09.17(金)
文=綿貫大介