熱量をもつ人々をエンパワーメントしていくことが大切

 よく、「JICAはカタリスト、触媒です」って言い方をするんですよ。いろんな人と関わって、新しい価値を生み出すんだと。ただ、私自身は、そのカタリストって言葉にはちょっと抵抗感があって。

 なぜかというと、カタリストって、たとえば化学実験の時に白金を使うと、白金自体は変化しないけれども、何かの反応を促進させるということを指しますよね。とすると、JICAが自分たちをカタリストって呼んじゃった瞬間に、JICAは白金で、何も変化しないってことになっちゃう。

 あー、なるほど。関わった相手は変わっても、自分たちは変化しない。

 そうではなく、自分たちも変わっていかなければならないとだめだって、私は言っているんです。特に今は民間連携事業部という部署で仕事をしているので、外部の民間企業の方々といろいろな連携をして、新しいプロジェクトを生み出しつつ、自分たちもどんどん変化していきたいと考えています。

 そもそも、JICAのような途上国への協力って、やっている側は「自分たちはいいことをやっているんだ」という思いが強くて、昔は、ビジネスは金儲けだから不純で、逆に自分たちは純粋だ、みたいな考えがありました。今はずいぶん変わってきたと思いますけども。

 確かに、特に日本はお金に対する抵抗感がものすごく強い国ですよね。経済合理性の追求と倫理が相反していて、支援を行うようなNPOとか団体は清く貧しくあれ、みたいな。でも、清貧だけでもなく利益の追求だけでもなく、その2つをしっかりつないでいくことが必要なんだと思います。

 日本では「綺麗事」って言って揶揄するところがありますが、綺麗事をしっかりやっていく人がいないと、世の中は綺麗にならない。だから、JICAのようにそういうことを組織命題として取り組む人たちが日本にも世界にもいるということは、すごく大きな希望だなと思いますね。

イラク駐在時代の写真。看板には「JICAの資金は単なるお金にあらず、我々の生活につながっている」というイラク側が発案したメッセージが。
イラク駐在時代の写真。看板には「JICAの資金は単なるお金にあらず、我々の生活につながっている」というイラク側が発案したメッセージが。

 辻さんは以前、クリエイティブというのは想像力が大切なんだとおっしゃっていましたが、JICAのような途上国への開発協力で一番重要なものも想像力じゃないかと思うんですね。

 というのは、我々日本で生まれ育った日本人は、現地に入って現地の人とおんなじような生活をしたからといって、やっぱりその国の人にはなれない。むしろ外部者として、現地のいろいろな人、閣僚もいれば、一般市民、貧しい人たちもいる、そういう様々な人たちを仲介できる強みを生かせないか。彼らと一緒に課題を解決していくうえでは、自分たちが彼らそれぞれの立場だったらどう考えるか、といった想像力をいかに活かしていくかが、すごく重要な要素になる。

 だから、JICAのような仕事に携わる人の基礎力として必要なものと、クリエイティブっていうのは、結構通じるものがあるのじゃないのかなっていうふうに思っていて。

 本当にそうですね。もう一つ、JICAや企業に担ってほしいことは、エンパワーメントだと思っているんです。エンパワーメントって、解を与えることではなく、力を与えるということですよね。例えば、水を必要としている途上国の町にペットボトルの水を持っていくのではなく、現地の人と一緒に井戸を掘れば、彼らはその後、それを力として自分たちで活用できる。

 そうですね、それが協力のあるべきかたちですね。

 遺伝子を外から持っていっても、それを自分たちの中で芽吹かせないと何も変わらないので、「こういうことをしましょう」ではなく、「こういう場所を作りました、みなさんここで何をするかアイディアをください」というほうがいい。これは、途上国に限らず、日本の若者に対してもそうだと思うんです。

 若い世代も含め、みんなどこかで自分の役割を求めているし、熱量はあるけど発する場所を探しあぐねているんだと思うんですよね。そういう若者たちがやりたいことを大人たちがサポートしていって、事業としてやりきれるプログラムやプロジェクトがあると、きっと彼らの希望になるんだろうなっていう気がします。

エードット時代の辻さんが手がけたヨーグルトメーカーとのプロジェクト。乳酸菌を風船やボールで表現。
エードット時代の辻さんが手がけたヨーグルトメーカーとのプロジェクト。乳酸菌を風船やボールで表現。

 そうですね。JICAでいうと、NINJAという途上国のスタートアップ企業支援のプログラムがあるんですが、様々なミッシングリンクもあるので、様々な外部パートナーの協力も得てそこをなんとか埋めたいなっていろいろ考えているところです。

 それは楽しみですね。私はよく“利他的利己”という言葉を使うんですけど、誰かのために自己犠牲を払う“利他”には、それによって自分自身に芽生えてくる豊かさみたいなもの、つまり“利己”となる部分がきっとあると思うんです。それを国内外の若者たちに体感してもらえる場を、ぜひ作っていってください。いつか私もチャレンジャーになるかもしれません。その時はよろしくお願いします!

辻 愛沙子(つじ・あさこ)

株式会社arca CEO / Creative Director。社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観に拘る作品作り」の二つを軸として広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター。リアルイベント、商品企画、ブランドプロデュースまで、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。2019年春、女性のエンパワメントやヘルスケアをテーマとした「Ladyknows」プロジェクトを発足。2019年秋より報道番組 news zero にて水曜パートナーとしてレギュラー出演し、作り手と発信者の両軸で社会課題へのアプローチに挑戦している。

原 昌平(はら・しょうへい)

国際協力機構(JICA)民間連携事業部長。1966年東京都生まれ。1989年、海外経済協力基金採用。ロンドン留学、大蔵省(当時)出向などを経て1995年に復職、その後ニューデリー駐在。2008年、国際協力機構との統合により国際協力機構南アジア第1課長に就任。イラク事務所長、情報システム室長、南アジア部長などを経て2020年より現職。

独立行政法人国際協力機構(JICA)

https://www.jica.go.jp/