「男系男子優先」という伝統の価値とは

「女帝の手記」の中で私は、孝謙・称徳天皇は女性として史上初の皇太子になる場面を描きました。それ以前にも女性天皇はいましたが、多くは「男性がいないので消去法で選ばれたケース」や、「幼い男児が成長するまでのつなぎ」の存在でした。しかし孝謙・称徳天皇は、将来天皇になることを正式に期待されて育った歴史上初めての女性だったわけです。

 ただ逆説的ですが、皇室の歴史が「前例のないこと」ばかりだったからこそ、その中で守られ続けてきた「男系男子優先」という伝統の価値は計り知れないのではないかと私は思います。

 

最近はY染色体がどうといわれることもありますが…

 資料が残っていて史実と思われる範囲だけでも、約1700年間にわたって皇室は男系男子優先の伝統を守り続けてきました。女性の天皇は孝謙・称徳天皇の後、江戸時代初期の明正天皇まで即位していません。最近はY染色体がどうといわれることもありますが、大昔の人はそんなこと分かるはずがありません。でも事実として、歴史上の皇室の方々は男系男子優先の伝統を守り続けてきたわけです。

 私は、天皇と皇族は日本の美意識や価値観を示す存在であると同時に、日本人みんなが知っている物語の登場人物でもあると思っています。日本という長い歴史物語の中で、誰もがその人の出自や先祖を知っている存在として、皇室は民族の物語を体現しています。

 その重みがあるからこそ私は、女性・女系天皇の問題を“2021年のものさし”だけで考えることに抵抗があるんです。皇室がその時々の時代の空気を反映するものだとしても、現代における「男女同権」「女性の力を生かす」という安易なイメージで物事を急速に動かすことには反対です。

男性と女性どころか、天皇と政治犯まで同列な「万葉集」

 そもそも、日本の歴史上の女性たちが力を発揮していなかったなんて私には全く思えないんですよ。「万葉集」を読めば、女性たちの残した歌の大胆さや自由度に驚かされます。

2021.07.21(水)
文=里中 満智子