そんな西洋人の目を通して当時の日本人を見たときに、「本当に彼らは存在していたんだ」という実感を、僕はようやく持てたんですよ。それを漫画にすることはまだ誰もやってないし、きっと面白くなるはずだという思いに至って、『ふしぎの国のバード』の骨格は出来上がっていきました。
バードが主人公に選ばれた理由
――ではイギリス人女性冒険家であるイザベラ・バードを主人公に選んだ理由とはなんだったのでしょうか。
佐々 はじめは、「ポンチ絵」(風刺画)のもとにもなった日本最初の漫画雑誌『ジャパン・パンチ』を創刊した、イギリス人漫画家のチャールズ・ワーグマンの話を描いて、編集部(『ハルタ』前身の漫画誌『Fellows!』編集部)に持ち込んだんです。
ですが、担当編集さんとの打ち合わせで、実在した人物視点で歴史ものを描くというスタイルで進めることにはなったものの、チャールズ・ワーグマンで描くのは難しいだろうという話になりまして。そこで実在した人物を5人ほどリストアップしたんです。勝海舟の父親や落語家の快楽亭ブラックなどを候補に挙げていたんですが、そのリストのなかにイザベラ・バードも入れていました。そして担当編集さんもバードの存在を知っていたこともあり、彼女を主人公にして描くことが決まったんです。
大学時代に『日本奥地紀行』を読んだことはあったのですが、何より前近代の日本人の生活や文化を描きたかったので、バードの物語はそのテーマに最もマッチしていました。旅をしながら当時の日本の人々の生活を見たいと来日したバードを主役にすれば、描きたいものを存分に描けるんじゃないかと思いました。
西洋人が書いた旅行記は他にもありますが、やはり当時の日本人を差別的に見ているような人が多いという印象でした。でもバードの旅行記にはそういった偏見や差別的な視点は比較的少なく、かといって日本人にやさしく寄り添いすぎでもなく、実に中立的だったんです。その距離感が観察者として信用できるなと感じたのも大きいですね。
2021.07.10(土)
文=佐々 大河